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Tilted Heads インドネシアのP(art)Y LABとD.D.(今村哲・染谷亜里可)のコラボ N-MARK 5G

N-MARK 5G(名古屋) 2020年1月10〜19日

 インドネシアのジョクジャカルタのパフォーマンス・ユニット、P(art)Y LABと、三重県を拠点に人が中に入れる構造体を制作するアーティスト・ユニット、D.D.(今村哲さん、染谷亜里可さん)とのコラボレーションによる展示である。タイトルの《Tilted Heads》は、「傾いた頭」を意味する。

 両ユニットは、ジョクジャカルタを拠点とする美術家、横内賢太郎さんを介して出会い、共同制作を計画した。2019年夏から具体的に動きだし、RENGA(連歌)と称して、テキスト、ドローイング、映像などをメールでやりとりし、そのプロセスを基に作品化。P(art)Y LABは、展示に合わせて名古屋を訪れ、1月4、5日には愛知県美術館、N-MARK 5Gでは随時、パフォーマンスを展開している。

D.D.

 D.D.の今村さんと染谷さんは、それぞれ個人で活動する際は絵画を軸に作品を制作。ユニットでは、「内が外より大きい」というコンセプトの構造体をつくり、鑑賞者を招き入れる。内部は、狭い空間に迷路のような通路が張り巡らされ、ナラティブな世界が展開。過去にいくつものバリエーーションがあった。

 これまで、「二重に出歩くもの」(2011年、愛知県立芸術大学サテライトギャラリー、+山元ゆり子 )、あいちトリエンナーレ地域展開事業あいちアートプログラム「岡崎アート&ジャズ2012」 での「半熟卵の構造」(2012年、愛知・岡崎シビコ、+出原次朗)、「ユーモアと飛躍」(2013年、愛知・岡崎市美術博物館)や「遠まわりの旅」(2014年、名古屋市美術館)での展示が展開され、「観客にとっては、“不意打ち”、歩くものにとっては“成果”」(2014年、15年、愛知芸術文化センター地下2階 フォーラム)もあった。今回も、これらの作品の延長にあるが、構築物はオープンな構造で、通路構造は伸縮性のある布で壁沿いに作ってある。

 両ユニット相互のやりとりは、「石は柔らかい」というテキストがP(art)Y LABから送られ、スタート。「石」と「石垣(壁)」を巡る逆説的で詩的な内容である。それに対して、D.D.は、石という同質素材の中に、不寛容へのアンチテーゼとして異物を入れるという含意で、マシュマロや布団を挟み込まなければならないというテキストを送る。

 D.D.にとっては、「嫌なら出て行け」という言葉も嫌悪すべきものとして重要である。D.D.は、この言葉を、本当は出て行きたいけど、出て行けない人たちに発せられた排除、抑圧、差別、不寛容、反-多様性の言葉と考える。モンテビデオ条約で決められた国家の4条件(住民、土地、政府、他国との国交)がある中で、人が住めて、どの国にも属さない場所はあるのかと問いかける。

 そんなやりとりを誤読を重ねながら連歌のように繰り返す中で、「膜」「壁」「エントロピー」「動的平衡」「クラゲ」「層」「ユクスキュルの環世界」などの鍵語が繰り出され、最終的にP(art)Y LABは、「エネルギーの変換」というテーマを提示した。電気、運動、風力、音、水、火、運動へとエネルギーが「壁」を超えて反応していくイメージである。D.D.は、クラゲの話題から、それぞれの生物が、その感覚器官が捉えるそれぞれの知覚世界に生きているというユクスキュルの「環世界」を連想し、生物、函(箱)、壁、膜、地球、エネルギー、平衡状態などのイメージにつなげた。連歌は、層とエネルギーという主題に収束していったようだ。

 それぞれの作品は、ぞれぞれのアーティスト・ユニットがこうした概念を共有しながらも自律性を持って紡ぎ出した。

 そうした中で、D.D.が制作した仮設的な構築物は、集団ベッドである。単管パイプを組んで、ハンモックように布を備え付けたシンプルな構造だが、相手の動作や重量の相対的な関係によって寝るスペースが上下し、位置エネルギーの変化が心のエネルギーに作用する——。

 「もし、あなたの寝ているベッドがジェットコースターのように上がったり下がったりするなら、そのとき、あなたが空を飛ぶ夢を見ていたなら、その位置エネルギーは心のエネルギーに変わっている」

 一方、ベッド脇の壁には、伸縮性のある布が張られた。見た目には分かりにくいが、布が何層にも重ねられ、障害物のある迷路のような構造を壁づたいに歩く作品である。

 一方、P(art)Y LABは、日常生活の中で出合う事物から、絵画、彫刻など従前のジャンルにとらわれず、新しい表現方法、メディアを探していく実践を軸に多様な活動を展開。今回は、パフォーマティブな場面をつないだシークエンスの2つの映像作品を中心に展示した。

 いずれも、D.D.とのやりとりの中で出てきた言葉から惹起されたものである。1つは、「浸透」「膜」などの言葉から連想され、人間が人間を支える状況や、3人の男性が持つ布に氷を載せた場面などアナロジー関係にある映像で構成され、もう1つは、「エネルギーの変換」から、風力、音、水、火などのエネルギーの変化を身体性とともに表現した映像だった。概念を映像に落とし込むことが前提というよりは、外界との関係性を探究し、更新しようとするパフォーマンス性の強い作品だった。

 両ユニットのやりとりの過程を示す多数のドローイング類、P(art)Y LABのこれまでの活動のドキュメント、D.D.の未実現の構築物の構想などの展示もあって、興味深かった。

D.D.
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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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