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誘惑するかたち ギャラリーヴォイス(岐阜県多治見市)で2025年4月5日-5月25日に開催

出品作家は327人

 岐阜県多治見市のギャラリーヴォイスで2025年4月5日〜5月25日、工芸作品の形をテーマとした「誘惑するかたち」展が開催されている。

 出品作家は327人。陶芸(土)が圧倒的に多い一方で、ガラス、漆、鍛金、テキスタイルなどさまざまな手法、素材による作品が展示されている。

 4月13日には、シンポジウム「かたちの発見ー素材との対話ー」が開催され、形を巡る議論が交わされた。

 パネリストは、出品作家の佐々木雅浩さん(ガラス)、田中信行さん(漆)、東井真咲朝さん(陶)。ファシリテーターは外舘和子さん(多摩美術大学教授)が務めた。

シンポジウム「かたちの発見ー素材との対話ー」

 素材との対話で形が生まれる工芸において、素材の性質、制作過程、作家の思考やアイデア、バックグラウンドによって異なるさまざまな実践が報告された。

 以前、吹きガラスで制作していた佐々木さんは2年前から、バーナーワークに移行。従来の回転体の発想から離れて形態を追求している。

 その一方で、水飴のように粘弾性のある状態で造形し、共同性(チーム)で制作するなど、素材の特質や、それに基づく方法論において即興性、他者性が加わってくる、ガラスならではのプロセスも強調された。

 東井さんは、生の土に棘状のものを刺し、素焼き、本焼きなどの過程を経て、裂け目の表情とダイナミズムが複雑に交錯し合うような形態を生みだす。

 窯の中で造形要素が動くことで形が生まれてくるなど、自然と向き合うことで自分のコントロールを超えた作用を受け入れる。

 田中さんは、いわゆる漆芸のイメージを自分の中で削除し、艶かしく生気を発するような漆の質感を出発点に、本来、塗料である漆の被膜性を自立させることで、形を生成させ、原初的な形が精神性や、コミッションワークなどによる現代性を切り開く方向へと作品を展開させてきた。

 興味深いのは、3人ともそれぞれ、素材や制作方法、造形思考、背景などは異なっていても、近代的自我によって、素材を完全にコントロールする強い造形でなく、制作過程における素材の自然的変容(現象)と自己とのはざまが意識されていることだ。

 強制的な加工でなく、かといって自然でもない。当然だが、作家3人の話からは、ゆだねるだけでなく、造形への意思も強く感じられる。

 自力(自我)と他力、自己と他者、自分と宇宙、此岸と彼岸、個性と共同性、生と死などを超え、あわいを意識し、往還する考え方ともいえるだろう。

 ここに、自然 / 現象と自己との、対立、二元論を乗り越え、より高次の段階に発展させるという弁証法的な発想がある。

 田中さんが漆素材について、アドリブでなく、計画性がないと形ができないと述べたのに対し、東井さんは、いきなり触って制作し、可塑性によって、すぐ自分の手の動きが形として現れることが土素材の面白さだと話した。

 他方、佐々木さんの素材であるガラスは、吹きガラスであろうと、バーナーワークであろうと、トロッとした粘りのある状態で造形する。

 佐々木さんは、素材に触る前段階に、作る形態をイメージしてコントロールすることはできず、制作過程においてこそ対話が生まれるーーと発言。

 その上で、明確な時間の制約がある吹きガラスと、半年ほどかけて、削り、磨くなど造形性を足していくバーナーガラスの時間感覚の違いを指摘した。

 吹きガラスでは、とりわけチームで制作する部分が強く、「勝手な意思が入ってくる」。他者の動きがジャズセッションのような感じで介入してくるーーという発言も面白かった。

 3人の作家の、それぞれの素材が持つ性質や質感、造形言語との関わりは、実に多様で、まさしく実践的な経験から語られるものだった。

 田中さんが、漆作品が展示空間の照明によって見え方が変わるのは、照明効果などではなく、それ自体が素材の性質であると述べたのも、示唆に富んでいた。

 田中さんが谷崎潤一郎「陰翳礼讃」を例に語ったように、こうした工芸の美意識は、日本の伝統にもつながっている。

 こうした話の展開を受け、戸舘さんは、日本の工芸について、日本人の自然観、精神性を受け継いでいるものだと締め括った。

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