スターダスト 伏見ミリオン座(名古屋)などで10月8日公開

©COPYRIGHT 2019 SALON BOWIE LIMITED, WILD WONDERLAND FILMS LLC

スターダスト 伏見ミリオン座

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 音楽史にその名を刻む偉大なアイコン、《デヴィッド・ボウイ》の誕生直前の若き日を描く映画『スターダスト』が2021年10月8日、名古屋・伏見ミリオン座などで公開される。

 アルバム「ジギー・スターダスト」(1972年)を発表する前年、プロモーションのため、英国から米国にわたったデヴィッド・ボウイのターニングポイントを描いている。スターになる前、音楽業界から評価される前のデヴィッド・ボウイ——。

 映画「スターダスト」は、デヴィッド・ボウイの最も有名な別人格、“ジギー・スターダスト”誕生の物語だ。

ストーリー

 1971年、「世界を売った男」をリリースした24歳のデヴィッド(ジョニー・フリン)は英国から米国ヘわたり、マーキュリー・レコードの宣伝PR担当、ロブ・オバーマン(マーク・マロン)と初の全米プロモーションツアーに挑む。

 だが、自分が全く世閻に知られていないこと、時代がまだ自分に追いついていないことを知る。

 ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、アンディ・ウォーホルとの出会いなど、米国の先端カルチャーから刺激を受けながらも、兄の病気に心悩ませていた。

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 そして、いくつもの殻を破り、世界屈指のカルチャー・ アイコンとしての一歩を踏み出す——。

レビュー

 アーティストはどのように生まれるのか? 筆者に響いたのは、リアルに、そして同時にどこか神秘的に描かれた、デヴィッド・ボウイが《デヴィッド・ボウイ》になる過程である。

 これまでアーティストを30年間取材してきた筆者にとって、デヴィッド・ボウイが時代の最先端を見つめる姿、エピソードの数々、内面の苛立ちと葛藤、失意は、それがほとんど実話に基づいた物語と思えないほどスリリングに展開した。

 1970年ごろの米国の最先端カルチャーの雰囲気や、パブリシストと一緒に自分を売り込む道中を含め、ディテールの描写がしっかりしているせいもあるだろう。

 1人の人間がアーティストになるとは、どういうことなのか。筆者は、新聞記者として、多くのアーティストや俳優、芸能人を取材してきて、テレビに写っている人格がいかにつくられたものかと思い知らされた。

 つまり、アーティストは、別人格の存在に変身する。あるいは分身をもつ、別のキャラクターを創造するのである。

 デヴィッド・ボウイはそれを体現した存在だ。

 音楽やファッションが絶えず変化したデヴィッド・ボウイは多様な分身をつくり、同化することを繰り返したといわれる。

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 この映画は、デヴィッド・ボウイが《デヴィッド・ボウイ》になる「心の旅」を描いている。中でも、筆者が最も印象付けられたのは、強迫観念のようにデヴィッド・ボウイにまとわりついた兄テリーの存在である。

 デヴィッド・ボウイは、統合失調症で精神科病院に収容された兄のテリーの“影”の恐怖におびえている。

 「デヴィッドが悩んだ末にたどり着いた、狂気を安全に経験する方法がジギーなのかもしれない。多重人格障害が発症する前に、多重人格を作り上げてしまう手法なのかもしれない」。そうガブリエル・レンジ監督は語っている。

 畢竟、デヴィッド・ボウイにとって、アーティストとしての自己が意味するものは何だったのか? 

 2021年2月に出版された田中純著「デヴィッド・ボウイ 無(ナシング)を歌った男」が話題になった。田中さんは、表象文化論の東大教授。デヴィッド・ボウイを仔細に読み解いた作家論の大著である。

 筆者は読めていないのだが、いくつかの書評によると、デヴィッド・ボウイの楽曲に頻繁に登場する「無」という言葉について分析し、「無」であることを「有」と肯定的に捉え、死と生を往還したデヴィッド・ボウイの思想を読み解いている。

 《デヴィッド・ボウイ》の誕生秘話を描いた映画が浮かび上がらせる眩ゆい光と深い闇が、そうしたアーティストの深遠な存在を暗示している。

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監督・脚本 ガブリエル・レンジ

 ウェールズ出身。ドキュメンタリー作品をつくった後、映画「The Day Britain Stopped(原題)」で初めて長編ドラマ映画を監督。英国アカデミー賞で新人監督賞にノミネートされた。

 2006年には、脚本も手掛けた『大統領暗殺』を監督。トロント国際映画祭で国際批評家賞を受賞し、国際エミー賞を含む5つものメジャーな賞を受賞した。

 『I Am Slave(原題)』を監督し、2010年にトロント国際映画祭でプレミア上映。英国アカデミー賞にノミネートされた。

デヴィッド・ボウイ

 1947年1月8日、英国ロンドン生まれ。本名デヴィッド・ロバート・ジョーンズ。

 1964年、“ディヴィー・ジョーンズ・アンド・ザ・キング・ビーズ”名義の「リザ・ジェーン」でシングル・デビュー。その後、デヴィッド・ボウイと名を改める。

 1967年、デビューアルバム〈デヴィッド・ボウイ〉を発表。1969年、〈スペイス・オディティ〉をリリース。1970年、〈世界を売った男〉をリリースしたが、ほとんど話題にならず、ボウイは同年春、渡米。同作をプロモーションした。

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 1970年5月、当時の妻アンジェラとの間にダンカン・ゾウイ・ヘイウッド・ボウイが生まれる。1971年〈ハンキー・ドリー〉リリース。

 1972年にリリースされ、瞬く間に名盤となったのが〈ジギー・スターダスト〉(The Rise and Fall of Ziggy Stardust and The Spiders from Mars)である。

 1973年6月3日、ボウイは全米ツアー最終日に突如、ステージ上でジギーとスパイダーズを葬り去る。

 1973年〈アラジン・セイン〉リリース。1975年、〈ヤング・アメリカンズ〉ではジョン・レノンとの共作シングル「フェイム」で初の全米1位を獲得した。

 1977~79年にブライアン・イーノとのコラボレーションで制作されたアルバム〈ロウ〉、〈ヒーローズ(英雄夢語り)〉、〈ロジャー〉は、のちに“ベルリン三部作”と呼ばれた。

 1980年、〈スケアリー・モンスターズ〉に続く1983年〈レッツ・ダンス〉では、全米4位、全英1位というキャリア最大のメガ・ヒットを記録。

 1980年公開された大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』にビートたけし、坂本龍一らと共に出演。

 1989~91年頃には、ロック・バンド“ティン・マシーン”として活動。1993年には、〈ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ〉でソロ活動を再開した。

 2004年、8年ぶりの来日公演。その後、動脈瘤による体調不良で活動休止。

 2013年1月8日、ボウイの66歳となる誕生日に突如、ニュー・シングル「ホエア・アー・ウィー・ナウ?」発表と10年ぶりとなる新作〈ザ・ネクスト・デイ〉の発売をアナウンス。

 アルバム〈ザ・ネクスト・デイ〉は、累計世界15カ国以上のアルバム・チャ-トで1位、全世界の60カ国以上のiTunesチャートでも1位を獲得した。

 世界的な評価を得て、再び音楽シーンの最前線に復帰。〈ザ・ネクスト・デイ〉リリース直後より、デヴィッド・ボウイの世界観やキャリアを総括した大回顧展「DAVID BOWIE is」が、英国から世界各国に巡回。

 2015年、ウォルター・テヴィスの小説で、映画版をボウイが演じたことで有名な『地球に落ちてきた男』にインスピレーションを得て生まれたオフ・ブロードウェイ歌劇『ラザルス』発表。

 自身の69回目の誕生日にあたる2016年1月8日、ニュー・アルバム〈★(ブラックスター)〉を発表。

 1月10日、デヴィッド・ボウイは18カ月間にわたる癌との闘病の末、逝去。

 新作〈★(ブラックスター)〉は、世界20以上の地域でアルバム・チャート1位、iTunesの69カ国のチャート1位獲得。全米アルバム・チャートでは、自身初の1位(1/30付)、全英アルバム・チャートでも10作目となる1位(1/21付)を両チャート共に初登場で獲得した。

 10月、舞台“ラザルス”のキャストによるボウイ楽曲、ボウイ本人による生前最後のスタジオ・レコーディング音源3曲を収録したアルバム〈ラザルス〉を発表。

 2017年1月8日、ボウイ70回目の誕生日より、大回顧展「DAVID BOWIE is」日本展が開幕。

 第59回グラミー賞でアルバム〈★(ブラックスター)〉より、「最優秀ロック・ソング」をはじめ、「最優秀ロック・パフォーマンス」、「最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバム」、「最優秀レコーディング・パッケージ」、「最優秀アルバム技術賞(クラシック以外)」のノミネートされていた5部門全てで受賞。

 英国のブリット・アワードでは「最優秀ブリティッシュ・アルバム」、「最優秀ブリティッシュ男性ソロ・アーティスト」を受賞した。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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