画家の島田鮎子さんが死去 87歳

 2022年2月22日の中日新聞朝刊によると、名古屋市を拠点に活躍した洋画家、島田鮎子さんが2022年2月9日、老衰のため、同市内の自宅で死去した。87歳。

 島田鮎子さんは1934年、東京都生まれ。1958年、東京芸術大学美術学部油画科を卒業、1962年、東京芸術大学美術学部油彩専攻科を修了。

 公募団体の国画会(国展)を中心に活躍した。1966年、国画会会員推挙。夫の洋画家、島田章三さん(1933年~ 2016年)の愛知県立芸術大学への赴任に伴い、名古屋に転居した(島田章三さんは、愛知県立芸術大学美術学部助教授を経て、1974年から教授。1992年に退官。 2001年から2007年まで愛知県立芸術大学学長。文化功労者)。

 1994年、愛知県芸術文化選奨文化賞を受賞。名古屋では、日動画廊や伽藍洞ギャラリー などで作品を発表した。1997年、 作品「Aからの伝言」 で第20回安田火災東郷青児美術館大賞を受賞。1999年、愛知・刈谷市美術館で島田鮎子展「色彩と形態のリリシズム」を開催した。紺綬褒章。

 1990年代から2000年代はじめにかけ、中日新聞の美術記者だった筆者は、島田章三さんも鮎子さんもよく取材した。

 鮎子さんがちょうど安田火災東郷青児美術館大賞を受賞し、刈谷市美術館で大規模な個展を開いた頃だったので、話をうかがく機会も数多くあった。

 島田鮎子さんの作品は、何気ない日記のような一断面を幾何学的なかたちや、記号化された具象的形象で表現。温かい色彩と日常の事物などの形でつくられる絵画空間が、優雅で上品な香気を立ち上がらせ、詩的な響きを奏でていた。

 ご冥福をお祈りいたします。

 

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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