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瀬戸内国際芸術祭2019 ③大島 山川冬樹、田島征三

 山川冬樹さんの新作「海峡の歌」は、かつて隔離された大島から自由を求めて対岸の四国・香川県の庵治町に泳いで渡ろうとした人が後を絶たなかったという歴史から着想した映像インスタレーションである。泳いだ人の多くは、潮に流され、対岸にたどり着くことなく亡くなった。自ら約2キロを泳ぎ、そのときの映像が展示されている。映像には、政石蒙さん(1923〜2009年)をはじめとする詠み手の短歌を子供達が朗読する声が静かに重なる。「無理遣りに連れてゆかれたるらい園の島囲む海に身を投げし母は」
 2016年に設置した「歩みきたりて」は、終戦後、モンゴル抑留中にハンセン病が発覚し、大島で暮らした歌人、政石蒙さんの足跡を辿って、モンゴル、大島、故郷の松野町(愛媛県)を旅し、各地で撮影した映像と遺品によって構成したインスタレーション作品である。
 手前の部屋「道男のブレインルーム」には、地図、新聞記事、政石さんの自筆ノート、蔵書、ハンセン病関係の資料などの遺品で構成。道男は、画号に「蒙」と付けた政石さんの本名である。展示品の多くは、故郷・松野町の「政石蒙文庫」から借りている。壁に拡大して掲示された政石さんの筆跡は、ドローイングのように躍動感に溢れ、生と精神の軌跡になっている。

 奥の部屋はビデオ・インスタレーション「歩みきたりて」。政石さんの故郷・松野町、歌人「政石蒙」誕生の地であるモンゴル、そして、生を全うした大島をロケ地とし、3カ所で撮影されたランドスケープが連なり、一つのパノラマを構成する。さらに、それぞれの場所で録音された3つの朗読が呼応しあいながら、一つの文脈となるとともに、政石さんの随筆「花までの距離」が語られ、その場で歌われたホーメイも加わる。つまり、作品によって、見た人は、大島からモンゴル、松野町という空間、そして、政石さんの人生と作品の中、それらを跡付けた山川さんの意識を巡る時空を超えた旅を追想するように促される。

 山川さんは会場のパネルで、政石さんにとって、短歌を書くことは人間の尊厳を巡る闘いであり、生涯をかけた遥かなる旅だったと書いている。パネルによると、政石さんは10代の頃に発病。誰にも知られないうちに死のうと1944年に軍隊に入隊。満州に出征するが、結局、戦死できず、ソ連の捕虜となってモンゴルに抑留された。その中で病気が見つかり、捕虜収容所のそのまた外れの隔離小屋にたった1人で隔離され、極限的な孤独、絶望の中、草の茎で地面に文字を書いて初めての短歌を詠んだ。47年に復員後、翌年には大島青松園に入所し、85歳で亡くなるまで文芸作品を書き続けた。芸術が生存と直接関係のない余剰行為ではなく、人間が人間として生きるために不可欠な活動であることを私たちに教えてくれる、と山川さんは書く。
 アーティストとして、モンゴルや、隣接するトゥバ共和国に伝わる伝統的な歌唱法、ホーメイを現地で学んでいる山川さんは、政石さんの画号「蒙」に引き寄せられ、その言葉に出合った。こうして、大島から松野町、モンゴルまで、政石さんの命のかけらを拾い集める旅が始まった。

田島征三

 長屋を「青空水族館」と題して、涙を流す人魚、海岸の漂流物などを配した回遊型インスタレーションにするなど、田島征三さんは、瀬戸内国際芸術祭の初回の2010年から継続して活動してきた。
 今回の新作「『Nさんの人生・大島七十年』—木製便器の部屋—」では、田島さんは、同郷(高知県)出身の入所者Nさんから、青松園入所の頃から隔離政策がとられていた頃までの様子を聞き、ライブペイントをして絵巻物を制作した。今回は、それを基に、本人からの協力も得て、長屋の空間に造形物や絵画、Nさんの言葉などを配して、Nさんの壮絶な人生を立体絵本のように展開させた。惨苦を極めた島での差別的な隔離生活の状況が回想される。母と別れて離郷し16歳で入所した場面から、重症者の看護という名目の強制労働、不足していた木製便器の製作、白い予防服姿で土足で家に上がって薬をピンセットで渡す場面などが再現され、痛切な思いに駆られる。同じ病気の女性との結婚、妊娠した妻の人工中絶。それでも、妻と寄り添う日々が救いだった、と。

 田島さんは、国や隔離政策に加担した人を指弾するために、こうした展示をしたわけではない。最後にこう書かれている。「光田さん(筆者注:ハンセン病撲滅に長年従事し、文化勲章を受ける一方、強制隔離、不妊手術、人工妊娠中絶などの人権蹂躙を推進し、文化勲章を剥奪すべきとの意見がある人。Nさんも、作品の中で、治癒した後も島に閉じ込めた張本人として光田さんを批判している)は、力の強い側《権力・製薬会社》と大多数の側《差別する側》に立って『立派な人』になった。でも、ぼくに、光田さんを非難出来るだろうか? この国でNさんと同じ70年を生きて、Nさんのことを知らなかった。知ろうともしなかった。Nさんに対して、ぼくは罪を冒しつづけてきた」
 田島さんは、この作品で自分を見つめた。作品は、見る人がそれぞれに自分を見つめ直すきっかけを与えている。この最後の言葉なくして、この作品は成立しない。

 瀬戸内国際芸術祭の秋会期は9月28日〜11月4日。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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