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岡本光博展 トラロープ

N-MARK 5G(名古屋) 2019年9月7〜29日

 「あいちトリエンナーレ2019」で中止となった「表現の不自由展・その後」にも出品していた岡本光博の個展。企画・運営は、愛知県岡崎市のmasayoshi suzuki galleryである。
 岡本は、ルイ・ヴィトンのフェイクか本物か非公開のバッグを解体して作ったバッタのオブジェ「バッタもん」をはじめ、現代の消費社会や政治、歴史、文化、経済システムの背景まで踏み込み、批評性に富んだ作品をユーモアとともに展開してきた。今回の展示は、表現の自由に徹頭徹尾こだわってゲリラ的に発表してきた旧作を含め、岡本がこれまでも展示の中止などの圧力を受けてきたことを考えれば、《1人表現の不自由展》ともいうべき、果敢な展覧会である。企画自体は、トリエンナーレの「表現の不自由展・その後」より、こちらが先に進んでいたという。

岡本光博

 メインとなる作品は、「縄文と現代」展(青森県立美術館、2006年)のために、縄文土器をイメージして、標識ロープ(トラロープ)をぐるぐる巻きにして作った言葉遊び的なトラ彫刻「トラロープ」で、今回は、巨大なトラの頭像(2019年)を展示した。黄と黒の微細な縞模様が美しく、顔はディズニー風にしてある。5、6月に京都で開かれた「セレブレーション-日本ポーランド現代美術展-」でも展示された。立ち入り禁止の境界線を示すトラロープは、禁忌に攻め込む岡本にとって象徴的な意味をもつ素材でもある。上を見ると、かわいい子トラが3匹いるので、ギャラリーを訪れた人は忘れずに見てほしい。

岡本光博

 日本の不二家のペコちゃんのような人形「違法異邦人2」(2010年)は、実はペコちゃんではなく、スペインのキャラクター「ミスパロミータ」。金髪の偽ペコちゃんともいえるキャラクターを、元ネタであるペコちゃんの型を使って精巧に制作した。岡本によると、不二家がスペインの会社に対して剽窃だと文句を言えないのは、ペコちゃん自体が米国のキャラクターを参考に作ったものだから。影響関係という剽窃の連鎖をどう考えるのか、オリジナルの価値とは何か—等を考えさせる作品である。類似の趣旨の作品として展示したのが、「アウトサイドなファミマ2」(2015年)。「大盛況」というファミマの入店音は、ファミマ用に作曲されたものでなく、もともとパナソニックのドアホンのメロディーで、京都府出身の作曲家、指揮者の稲田康さんが若い頃に作曲した。著作権などものともせず、世の中に広がった例だ。

岡本光博

 「ドザえもん」(2017、2018年)は、水死体の俗称である「土左衛門(どざえもん)」がモチーフ。人気キャラクーの名称をもじり、既製品がスライスされて水に浮かんでいるように背中を見せている。岡本が何度も展示してきた代表作の一つである。2018年春、福岡市の福岡城跡で開かれた「福岡城まるごとミュージアム」では、展示直前で展示への圧力があった。自然災害が続き、市が防災を強化する中で好ましくないとの説明だったが、きっかけはタイトルが不適切だとする匿名の電話だった。結果、パネルのタイトルは黒塗りになってクイズみたいになり、タイトルを表示したライトボックスは白い布をかけられ幽霊のようになった。岡本は「はらわたが煮えくり返った」という。

岡本光博

 「落米のおそれあり」は、交通標識「落石のおそれあり」をもじったもので、米軍機の墜落という人為的事故を自然現象とあえて対比。沖縄で「落石」よりも高い確率で米軍関連の落下事件が起きているとして、星条旗の山からパラシュート訓練、イーグル戦闘機、シャーマン戦車、ヘリコプターが落ちている様子を描いた。爆音を出して日常的に頭上を米軍機が行き交う沖縄の現実を映したサインでもある。シャッターに描いたこれの大型版が「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」に展示されていた。2017年の沖縄県うるま市の地域美術展、イチハナリアートプロジェクトに出品されたが、自治会長が「展覧会にふさわしくない」と言い、市の判断で展示開始直前にベニヤ板によって封印された。その後の新聞報道と地元の作家たちの抗議によって、最終日に1日だけ場所を移して再公開された。今回はその小型版「落米のおそれあり」(2004年/2019年)で、「基地あり」(2005年/2019年)とともに展示された。

 「ユーロリング」(2002、2012、2019年)は、 欧州連合(EU)に加盟している国で使われるユーロ硬貨が周囲の輪の部分は共通のデザインで中央部分は各国独自のデザインになっていることに着目した作品。欧州の美術館などでのワークショップで、観客のユーロ硬貨をハンマーで輪の部分と中央部分に分離し、中央部分は没収、輪の部分を指輪として返すというプロジェクトを展開したが、貨幣変造は違法だからやめてくれと圧力を受け、ゲリラ的に敢行した。共通の輪の部分とは違う、お国柄が出た中央のデザインを見比べるのも楽しい。
 「表現の自由の机1」(2019年)は、今年、ポーランドのワルシャワ国立美術館で実際に起こった「表現の不自由」への抗議活動を作品化した。女性がバナナを食べる映像とスチール写真の作品が性行為を想起させ、多感な若者を刺激するとして撤去騒ぎとなり、バナナを手にした市民が抗議に訪れた。岡本は元の作品イメージとともにバナナのオブジェをユーモアたっぷりに展示した。

 「モレシャン」(2018年)は、福島の放射性廃棄物の汚染土と黒い廃棄袋をモチーフにしたゆるキャラ風の作品である。「モレシャン 」は、汚染物質が漏れまくっているのではないかとの問題意識の含意から名付けた。汚染土にも、その土を採取された土地に対する人々の記憶や歴史があるだろうと、子供が太陽に目を入れるように廃棄袋に目を加えてキャラクター化することで精霊のようにした。野ざらしで一時貯蔵場所に積まれた大量の廃棄袋に目を入れて撮影した写真作品は、実にアイロニーに満ちシュールでもある。「モレシャン」 は、2017年に青森県立美術館であった「ラブラブショー2」などで、さまざまな発展形のバージョンが展開された。

岡本光博

 「LIFEbag」(2019年)は、「アートと生活は切り離せない」「自分の家族は自分で守る」として、岡本が家族4人の非常時避難袋を作品化し、ポーランドでの日本・ポーランド交流展に出品予定だった作品。赤いランドセル風のデザインだが、ふた部分にポーランドの国章を使っているため、展示が許されなかった。他に、スタバのロゴデザインをシンプル化し、男根的なデザインのサブリミナル要素を考察したサイン「Skrik」(2019年)、沖縄で日常的に食べられるスパム缶のパッケージを、沖縄米軍基地の名称の元になった米国軍人の肖像にした作品「一方的な英雄たちギフトセット」(2014年)もユニーク。後者は、もともと米軍が沖縄に持ち込んだスパムのパッケージを「米軍化」することで、沖縄の日常に深く浸透した米軍の影響を嫌というほど見せつける。 

 ギャラリーのサブスペースでは、アストロ温泉展も開催している。

岡本光博
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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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