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荻野佐和子展 ギャラリーA・C・S(名古屋)で2025年5月17-31日に開催

ギャラリーA・C・S(名古屋) 2025年5月17〜31日

荻野佐和子

 荻野佐和子さんは1961年、愛知県生まれ。奥三河の設楽町出身で、現在は同県新城市を拠点に制作している。名古屋芸術大学卒業。

 リトグラフ、油彩画、ドローイングの作家である。A・C・Sで継続的に作品を発表。近年は2020年、2022年に個展を開いている。

 風景がモチーフ。今回は、実家がある設楽町を描いている。実景をベースにしつつ、時間軸を行き来したさまざまな記憶、意識 / 無意識の諸要素が溶けあうような絵画空間を成り立たせている。

 それは、荻野さんにとって、現実的な意味の故郷であるのみならず、本当の自分になれる、自分という存在が帰る場所である。

 設楽町の山や木々や花、茶畑、空、川などが混然となっている空間だが、既にパースは現実的ではない精神的な空間である。

 とはいえ、いわゆる心象風景、つまり空想の風景ではない。まず最初に実景がある。それは自分が生まれ育った場所であると同時に、魂の帰る場所なのだ。

2025年 個展

 今回は、油彩画とドローイングが中心。リトグラフは少なめである。荻野さんの設楽町の実家は林業を営んでいた。

 そこは、既に親世代が亡くなり、誰も住まなくなった場所。以前の個展では、祖父が植えたイチョウの林が空間の主調をなしている作品も展示していた。

 筆者は、今回の個展の作品を見て、最初、俯瞰するような川と森の風景かと思った。でも、そうではなかった。見上げた空と木々である

 谷間のような狭い土地から見上げた木々の緑の生命力と、その間からのぞく晴朗な空、柔らかい光がとても美しい。

 荻野さんの作品を見た筆者は、そして、多くの人は、心が穏やかになるのではないか。静寂の中、優しい光に包まれるようにたたずみ、自然の中へと感覚を解放できるような体験である。

 荻野さんは、設楽町の風景の中にいると、今は亡き両親がふと、そこにいるような気配を感じるという。父や母の面影、子供の頃の記憶、いのちのかけがえのなさと、儚さへの思いが、ささやかな季節のうつろい、時間の変化とともに、現れては消える。

 その感覚、自然との一体感、自分が今、ここにいる感覚とその一瞬に流れ込む記憶をどうやって、画布に描き留めるか。多分、そんなふうに描いているのではないか。

 決して大きくはない作品なのだが、見ていると、自分がその中の小さないのちとして、包まれるような感覚がある。筆者にとっては、それが気持ちいいのだ。

 確かに自分がそこにいる。しかし、自分を押し出す自我の錯覚ではなく、むしろそれを離れ、無我の境地とともにうつろうような優しさの感覚である。

 自分が宇宙のひとしずくのように感じられる。そうありたいと、いつも思う。だけれども、この人間社会にいると、こうした感覚を忘れてしまう。悲しいかな、人間は自分が中心でないと生きられない。

 そんな自分を、大きないのち、自然の光、ゆったりとした時間の中に招いてくれるのが、荻野さんの作品である。自分を自然のひとかけらに戻してくれる。

 だから、これは、荻野さんの故郷だけれども、私の故郷でもある。私は毎朝の通勤時、空を見上げ、このうつろう世界にいる感覚と光を感じ、大地を歩く感覚を喜び、そこかしこのいのちを想像する。

 そのとき、宇宙の中でつながって生きる自分の存在の今を感じる。荻野さんの絵画は、優しさとともに、そうしたものと同じ感覚を見る者に経験させてくれる気がする。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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