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野々村麻里個展「星の仮説」 織部亭(愛知県一宮市)2023年9月2-24日

織部亭(愛知県一宮市)2023年9月2〜24日

野々村麻里

 野々村麻里さんは1987年、愛知県豊田市生まれ。2010年に名古屋芸術大学を卒業している。2009、2010年にYEBISU ART LABO(名古屋)で、2018年にギャラリー芽楽(同)で個展をしている。

 織部亭では、2015、2017、2020に続き、3年ぶり4回目の個展となる。

 白亜地に油絵具をとても薄く塗り重ね、ドライフラワーや皿などの静物、風景などを描いている。抽象的なイメージもある。一部に日本画の画材を使った作品もあった。

野々村麻里

 作品の雰囲気は共通しているものの、モチーフも描き方も意外に幅広いという印象である。

 では、その共通した印象は何かと言えば、多くの作品が、とても儚げであることである。

 余白を大きくとった小さな形、消えゆくような形象や、か細い線、弱く、かすれたような筆跡、薄い色合い、小さなドットの連なりが、静かで質素な印象を与えている。

「星の仮説」

野々村麻里

 対象を見て描くこともあるが、見ないで描くことも多いという。むしろ、描きながら形が見えてくるという感覚に近い。モチーフを描くというより、描きながらモチーフが現れる。

 だが、そうして現れた図も幅を利かせてはいない。控えめである。欠落感のようなものさえ感じる。だが、それがいけないのではなく、むしろ、足りなさは、そのままでいいという感覚にいざなってくれるのだ。

 花が具象的に描かれているときは、余白が大きく、空間や奥行きを感じさせるニュアンスを避けている。植物図譜から取り出した絵のような印象もある。

野々村麻里

 葉が描かれているときは、背景のテクスチャーはあるが、形象が孤立していて、文脈がなく、少し違和感があって、気ままな感じである。

 皿と小枝の絵も、とても弱々しく、この皿が何かの上に載っている感じはするけれども、それがテーブルなのかと言えば、そうとも言えない。ここにも欠落感がある。

 比較的、形象が強めに描かれ、背景の空間が意識されている絵もあるが、多くの場合、それは抽象的な絵で、何を描いたかというと説明しづらい。つまり、意味からとても遠い。

野々村麻里

 このように、野々村さんの絵は、全体に静謐な空気に包まれ、そして、あえて「整ったもの」「充実したもの」から遠ざかり、欠落感、寂寥感を醸している。

 明暗のニュアンスや、量感、遠近感の乏しさなどは、油絵というよりは、日本の伝統絵画との距離の近さを感じさせる。

 植物を描いた作品では、対象が平面に等価に並置され、空間に奥行きもなく、装飾的である。風景を描いた作品では、省略が多く、無駄なものは除いている。

野々村麻里

 野々村さんは、油絵具を極めて薄く使って、描きながら、ふと、わき上がる記憶、日常のささやかな出来事をきっかけとしながら、絵が声高に主張しないようにしている。

 それが、野々村さんが描くときの、自分と世界との距離感、絵と世界との距離感、自分と鑑賞者との距離感のような気がする。

 そして、野々村さんの作品を見ているときの安堵感、安らぎは、この近づきすぎない距離感、それでいて、緩やかにつながっている感覚ゆえでないかとも感じた。

野々村麻里

 強引に引き寄せないで、空が、全ての離れているいのちやモノを包んで、そのありのままの1つ1にをつないでくれるような、緩やかさである。

 余白が大きく、不完全でありながらも、受け入れているような絵のありようが、とても良い。生きているだけで大変であるといえるこの世界では、癒やされる、心が穏やかになる絵である。

野々村麻里

 野々村さん自身も、この窮屈で生きづらい世界で、揺れ動く日常に影響を受けやすく、余計なことを考えては、ダメージを受けやすい人のようである。

 何かにゆだねている絵、同化している絵、自分を大きなものに任せ、「そのままでいい」「それでいい」と肯定している絵である。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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