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長田綾美 ライツギャラリー(名古屋)で10月30日まで

Lights Gallery(名古屋) 2021年10月22、23、29、30日(要予約)

長田綾美

 長田綾美さんは1997年、大阪府生まれ。京都芸術大学美術工芸学科染織テキスタイルコース卒業。現在は、同大学院修士課程美術工芸領域染織テキスタイル分野に在籍している。

 「VOCA展2021 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち」などに出品。名古屋では初めての個展である。

 長田さんは染織テキスタイルを学びながら、いわゆる布地、織物ではなく、ブルーシートや輪ゴム、裂いた辞書など、日常にある全く別の、ありふれたものを素材とする。

 織る、編むという手作業や、絞りの技法によって、社会的に意味付けられた素材を別の存在へと変容させる。

長田綾美

 以前にも書いたが、横浜美術館で1999年に「世界を編む」展 が開催され、そのときの図録とともに話題になったことがあった。|

 「編む」「織る」とも、旧石器時代までさかのぼる人間の暮らしのための行為であり、テキスタイルデザインの1つである「絞り染め」も、インドから7世紀頃には日本に伝わっていたとされる。

 長田さんの作品では、そうした原初的な手の動きが、現代の日常的なものに対して加えられ、意味を変化させる。

 とても若い作家だが、センスがよく、膨大な作業を時間をかけて丁寧に積み上げて生み出す作品は完成度が高い。

 長田さんは、自身の作品について「日常をリフレームする」と語っている。ここでは、素材の選び方が1つのポイントである。

長田綾美

 もう1つの特徴は、単純で規則的な手作業を気が遠くなるような時間をかけて繰り返すスタイルである。

 刺繍を現代美術に取り入れる作家はいるが、長田さんの作品では、絵柄や形を意識して作品を生み出すわけではなく、単調な作業の集積そのものが作品となる。

 つまり、何が生まれるか分からないという過程によって、何かが生まれることが、絵柄や形というゴールを目指して手を動かす作家とは根本的に異なる。

 身近な素材に対する果てなき手作業によって、価値の転倒を図り、世界に対する新たな見方を与えてくれる。

長田綾美

あおをくくる

 1階に展示された作品《103,000》は、ブルーシートに絞りの技法でBB弾をくくり付けた作品である。「VOCA展2021」にもこの作品が展示された。

 作品タイトルにある103,000は、そのBB弾の数というから、言語に絶する作業量である。

 天井からブルーシートが吊るされているが、微小な球体が増殖したように広がっている部分は近づいて見ないとよく分からない。

 BB弾を包むようにして、きつく絞っているので、ブルーシートが裂けるように薄く引っ張られ、赤や黄などBB弾の色が所々で透けている。

 何よりもユニークなのは、ブルーシートを布として扱っていることである。ブルーシートはもともと、ポリエチレンなどの合成樹脂を糸状にして織物にしている。

長田綾美

 そのブルーシートに絞り技法を用いているが、手を加えていない部分を多く残しているので変化がより強調される。

 ブルーシートは本来は、建築、土木工事などの現場で使われたものだが、野積みの荷物の覆いや、アウトドアの敷物などのほか、路上生活者の仮設住居や、避難所の設営、被災した屋根の雨漏り対策など災害用、事件現場の目隠しに使われるなど、ネガティブな印象もある。

 長田さんは、それを布として扱い、絞り技法を使うことで、ブルーシートに対して、私たちが知らずにもっているイメージに気づかせ、価値を転倒させている。

 連作として、別の作品も展示されている。

長田綾美

 2階に展示してある作品も圧倒的な存在感である。

 辞書の広辞苑1冊分を細長く裂いて糸状にしたものを編んで、敷物のように床に置いてある。

 長田さんは、こうした作品をつくるとき、壁に簡単な織り機を備え付け、時間をかけて横糸と縦糸を交差させていく。

 近づいてみると、文字がぎっしり詰まっていて、この「言葉の敷物」が概念の宇宙のように思えてくる。

長田綾美

 その作業量もすごいが、この作品では、素材の広辞苑が長く大切に使い込まれた中古品であることも興味深い。

 つまり、長田さんの手作業の膨大な過程と、元の広辞苑の持ち主が長年、この辞書を使った人生という2つの時間が織り合わせられたような構造にもなっているのだ。

 さらによく見ると、縦糸は透けて見える。作家によると、横糸は辞書の紙のままだが、縦糸は蝋が塗ってある。

 編むときの滑りをよくし、紙がちぎれないように強度を増す狙いもあるが、こうすることで紙が透けて、裏側の文字も見えるため、言葉の集積としての厚みも感じられる。

長田綾美

 このほか、輪ゴムを編んだ作品も展示されている。

 輪ゴムは伸縮するので、制作中のコントロールがしにくい。この作品では、プロセスそのものが素材との関わり方の実験にもなっているという。

長田綾美

 まさに全体像を把握しきれないまま素材に手で触れ、質感や素材の性質と作り手が身体性、精神性の相互作用を働かせながら、部分の連続として新たなものを創造していく。

 ブルーシートにせよ、辞書のページにせよ、輪ゴムにせよ、日常的に存在する物に触れ、その部分に指を通すことで別の、曰く言い難しきものが生まれていく。

 部分の感触、手の動きが未知の領域を切り開き、それが結果として全体をつくっていくというあり方は工芸的であるが、同時に作家自らが語る「日常のリフレーム」という意味では、すこぶるアート的である。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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