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長井朋子 愛知・豊川市桜ヶ丘ミュージアム 12月12日〜1月24日

豊川市桜ヶ丘ミュージアム(愛知県豊川市) 2020年12月12日〜2021年1月24日

天国のように淡くまぶしい、そして

長井朋子

 長井朋子さんは1982年、愛知県豊橋市生まれ。2006年に愛知県立芸大を卒業し、東京を拠点に制作する。

 期待の新鋭を取り上げる東京オペラシティ アートギャラリーの「プロジェクトN」(2008年)、VOCA展(2010年)などに出品。国内外の個展、グループ展のほか、東日本大震災被災地での保育所再建に際し、屋外プールに絵を描くプロジェクトにも参加した。2017年には、初の本格的作品集「Thousands of Finches」が刊行されている。

 公立のミュージアムでの個展は初めて。会場が、故郷の豊橋市に隣接する豊川市であることから、オープニングには、地元の知り合いも多く訪れていた。

長井朋子

 長井さんの作品には、数多くの動物、小さな子供たち、色とりどりの草木や花、キノコなどが登場。森や部屋などを背景にした空間に散りばめられている。

 異次元の空間が混ざり込んだ世界には、長井さん自身が投影される。穏やかな色彩と幸福感に満ちあふれ、幅広い人たちに心の回復を促す夢のような空間である。

 初日には、長井さんと、医師で山形ビエンナーレ2020の芸術監督も務めた稲葉俊郎さんのクロストークがあった。全体性を回復を唱え、アートが心、身体に働き掛ける意義について語る稲葉さんの言葉は説得力があり、長井さんの作品にも符合した。

長井朋子

 この記事では、2人のトークに沿うかたちで長井さんの作品を紹介する。

 稲葉さんは、1979年、熊本県生まれ。東京大学医学部、同大学院を卒業した医学博士。

 2020年3月まで、東大医学部付属病院の循環器内科で医師を務めた後、4月に拠点を長野県に移し、現在は、軽井沢病院総合診療科医長、信州大学社会基盤研究所特任准教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東北芸術工科大学客員教授(山形ビエンナーレ2020 芸術監督)。

長井朋子

 長井さんは、2015年ごろ、病気で入院。入院期間が延びて久しく絵が描けないなど、精神的に辛い時期を経験した。

 退院後、描くことで回復できたことから、改めて、絵が自分にとって大切なものだと認識。2年ほど後、稲葉さんの著書を読み、身体と脳、心とアートがつながっていることが自分の納得できる形で書かれていることに感動した。

 衝撃を受けて、稲葉さんにメールをしたのを契機に交流。稲葉さんの本を全て読み、多くの気づきを与えられたという。

長井朋子

 以下は稲葉さんのプロフィールで、稲葉さんのWEBサイトからの引用である。

東大病院時代には心臓を内科的に治療するカテーテル治療や先天性心疾患を専門とし、往診による在宅医療も週に一度行いながら、夏には山岳医療にも従事。
医療の多様性と調和への土壌づくりのため、西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修める。国宝『医心方』(平安時代に編集された日本最古の医学書)の勉強会も主宰。未来の医療と社会の創発のため、伝統芸能、芸術、民俗学、農業・・など、あらゆる分野との接点を探る対話を積極的に行っている。
2020年4月から軽井沢へと拠点を移し、軽井沢病院(総合診療科医長)に勤務しながら、信州大学社会基盤研究所特任准教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼任。東北芸術工科大学客員教授(山形ビエンナーレ2020 芸術監督 就任)を併任。
全体生を取り戻す新しい社会の一環としての医療のあり方を模索している。

稲葉さんのWEBサイトから

 長井さんによると、今回の展覧会タイトルになっている「天国」は、最上級に素晴らしい場所という意味である。

 自分の絵画に対する思いが最大限に詰まった場所、という言い方もできるだろう。

 例えば、「天国についた」(図版下)という作品は、山口県の知人が送ってくれたハーブ園の画像がモチーフ。

 画像を見た長井さんは、そのイメージに天国=最高の場所を思い、現地を訪れた気持ちで描いたという。

長井朋子

 長井さんの絵画には、植物だけでなく、幼いころから好きだったという動物が多く描かれる。動物は、長井さんにとって人間から区別されるものではなく、ひと続きの存在だ。

 長井さんは、子供のころの自分を切り離すことなく、当時とつながって描いているのである。

 そんな長井さんの絵に、稲葉さんは、自身も希求する人間と自然との関係の回復という主題を重ねる。

 自然には、バランスを失った人間の心、社会の歪みを直す働きがあり、動物は自然の知恵の象徴である。

 稲葉さんによると、地下水脈のように表に現れない人間の生命の潜在的なエネルギーを医療者が引き出すのと同様、アートも、人間の本来の力をいい形で表に出す。

長井朋子

 稲葉さんは、芸術監督を務めた山形ビエンナーレ2020でも、「全体性を取り戻す芸術祭」を掲げた。

 「全体性」について稲葉さんは、こう続けた。

 全体性が何かと言えば、人によって異なる。1日1日は人生という全体の一場面である。全体を回復しないと、1日1日がバラバラになる。子供のころの大切な思いを切り離してはいけない。絵を描くのは、そういうことに通じている。

 絵画は、現在と異なる世界に通じる窓、通路であることによって、全体性の回復につながるのである。そして、長井さんの作品には、それがあると稲葉さんは説く。

 確かに、長井さんの絵画は、夢の中にも似た異空間である。

 稲葉さんの説明を聞いた長井さんは、「寝るのが好きで、夢をよく見る。夢がそのまま絵になることもある。夢の中で、いい作品を描いていることもある」と応じた。

長井朋子

 「制作するとき、どれだけ無意識を引き出せるか、そんな自分を大切にしている。自分の意識が知らない細胞レベルの自分・・・」と長井さん。

 夢という無意識が創作の源泉の1つになっている。

 稲葉さんによると、眠ること=自分の内側を見ることは、とても大切なことである。

 人間は起きているときは、生きるため、自分を守るため、常に感覚器官を外に向けて開いている。脳を総司令部に、外の情報を調べ続けている。

 これは、緊張を強いられ、疲弊する状態である。

長井朋子

 こうしたストレスによって、体の内側はおかしくなる。眠りというのは、素に戻る象徴的な時間なのだという。

 稲葉さんは、「人間は、眠るために生きている。眠るのが本来の自分に戻ること」だと述べた。

 もっとも、外の世界を拒否して、内に籠るのがいいわけではない。生きている以上、それはできない。

 そんなとき、内と外をつなぐのが医療であり、アートなのだ。

 稲葉さんによると、アートとは一種の自己治療である。

 怒ることで自分の感情をぶつけ、それによって自己治療している人もいる。不適切な自己治療の例である。

 その方向を変えるのが医師の役割であるが、アートにもそういう働きがあるというのである。

 長井さんの絵画には、彼女自身の本当の自分が反映されている。小動物は、長井さんの守り神であり、長井さん自身を投影している場合もある。

 子供は、長井さんにとって憧れの対象であり、「星の王子さま」のような存在。子供のころから好きだった人形が動きだしたという設定で描いているものもある。

 また、園芸、手芸など生活の中の何げないけれど大切なものがモチーフになっている。

長井朋子

 稲葉さんによると、アートは、感覚的に見る人に働きかけ、分断されたもの、切り離された内と外をつなぐ。知識としてでなく、感性に呼びかけるのが重要である。

 知識の世界は、概念化によって、多様なもの、1つ1つ全て異なるものをひとくくりにする。分かったようなふりをさせてしまう。

 大人は、知識によって、概念によって、見てしまいがちである。本来、違うものを同じものとして見てしまう。

 だが、感覚の世界は自然界と同じで、全てが異なる。

 感覚の世界では、自然が1つ1つ全て異なるように、感じ方が違っていいのである。

長井朋子

 「病気の原因も1つなら簡単だけど、何十年も生きていると必ずしもそうではない」と稲葉さん。

 全体性というのは、こういうこともかしれない。

 稲葉さんは、「原因探しや、犯人探しではなく、自分を責めるのでもなく、体がどこに向かおうとしているのか、視線を未来に向けてみるといい」と続けた。

 長井さんの絵画には、見る人を未来へと促す視点が多く含まれているという。

 稲葉さんによると、長井さんの絵は、ファンタジーに見えるが、古代的、未来的でもある。多様性に溢れ、無意識を活性化させ、感覚を揺さぶる。

長井朋子

 長井さんは、描くときのプロセスもさまざまで、特定の形式、方法があるわけではないという。

 目的のない旅のように、ルールがないのが居心地がいいのである。

 同時に、全てが成り行き任せではなく、魔法使いのように、ミラクルを自分で起こすこともできる。絵を描くことの素晴らしさである。

長井朋子

 人間によって作られた社会が利害に関わるのと異なり、自然は常に中立で、善でも悪でもない、と稲葉さんは語る。

 人間は、自然界の中では弱いからこそ、それと距離を置き、共同体を作って、助け合って生きている。

 自分の生の全体性を取り戻すには、自然との距離を縮め、小さな共同体で助け合って生きていくことが望ましい――。

 稲葉さんの言葉から、そんなメッセージを感じた。長井さんの絵画世界に重ね合わせることもできるだろう。

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>伝えること、文化芸術とメディアについて

伝えること、文化芸術とメディアについて

1980年代から、名古屋、東京、関西で文化芸術を見てきた。新聞文化面、専門雑誌、「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、自ら新聞文化欄を編集、美術、映画、演劇などの記事を書いてきた。2000年代に入ると芸術批評誌を立ち上げ、2019年にはWEBメディアを始めた。文化芸術とメディアの関係、その歴史的展開、メディアリテラシー、課題と可能性、レビューや伝わる文章の書き方、WEBメディアの意義、構築方法について、若い世代に伝えたいと考えています。

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