ガレリア・フィナルテ(名古屋) 2020年6月16日〜7月4日
林繭子さんは1969年、三重県生まれ。1994年に愛知県立芸術大学大学院を修了し、名古屋を拠点に制作している。
愛知県立芸大を出たばかりの20代の頃は、キャンバスを木枠に張らずに、支持体がカーテンのように吊るされた抵抗感のない不安定な状態で、白や青のアクリル絵具を紙に塗って転写するデカルコマニーや、おたまに盛った絵の具を飛び散らせるドリッピングやポーリング を連想させる方法で作品を制作していた。

筆で描くということから離れていたが、白を基調とした色彩の印象や、流れのような心地よさがあって、実際に見た作品は、荒々しくはなく、むしろ静穏な印象を受けた。
林さんによると、当時は、老荘思想に影響されていたといい、無為自然な制作を目指した結果がこうした作品につながった。
作品は、まさに水の流れ、大気の循環を感じさせるものだった。
その後、1999年ごろから、自然体で描いているはずの作品が、自分の癖なり傾向なり、好きな色彩なりと、自分自身を縛る枠となって収束する中で、筆やペインティングナイフを使用。

赤や緑などそれまで使わなかった色彩も含めて、大きなストロークを縦横に展開する作品や、画面を大きく色面に分割するような作品が描かれた。この頃は一転、色彩の強さが前面に出る方向へと向かった。
2003年ごろになると、雑誌などから引用した女性の姿や、女性のファッションやモード(服やスカート、ハイヒール)、ファッションショー的なイメージが現れる。
また、それにつながる形象として、シカの角、ヒツジなども描かれた。ただ、それらのイメージは、線でさらりと引かれるなど、それ自体が主役になるというよりは、記号のような感じであった。

当時は、大きな変貌と受け取られたこれらのイメージは、その後、2009年ごろになると、《Mary》という女性の名前に関連するものに変化した。ここに至って、林さんの中にある女性性がより大きく作品の中に現れることが明白となった。
林さんによると、《Mary》は、英語圏の一般的な女性名であるが、同時にヨーロッパ系の名前「マリア」であって、イエスの母マリア、マグダラのマリア、マルタの妹マリアなど新約聖書に登場する複数のマリアにも関係し、女性である自分のさまざまな側面が投影されている。

つまり、《Mary》は、誠実さや清らかさ、罪深さ、不品行、快楽、欲望など女性の多面的なさまざまな姿を象徴した普遍的な存在であり、そこには林さん自身も含まれる。つまり、林さんを含む《Mary》は、どこでにもいる、清濁併せ持った女性である。
林さんはとても誠実な人だが、ある時期から、「清らか」という言葉のすぐ脇に、どうにもならない部分、欲望、快楽、エゴイズムなど、自分の罪深さ、汚れと感じる部分があることの葛藤が内なる自分に起こる。それが林さんの絵の中に現れてきたのである。

今回の絵画は、いずれも抽象的な作品で、一部は山や川の流れ、空のような風景を感じさせる。絵の具は薄塗りのところもあれば、かなり厚くのせた箇所もある。
しなやかに流れるストロークや、不定形な形態の生成、激しいエネルギーの動感、カオスのような空間、浸潤しあう色彩などの諸要素は、複雑に絡み合いながら、静穏/熱情、風景/抽象、イメージ/物質性のきわを行き来している。
作品には、いずれも小さな女性像が描かれている。林さんを象徴するその女性は、大きな空間の中で確固と自立して存在しながらも、孤絶に彷徨っているふうでもある。

色彩をかき分けるようでありながら、その中に飲み込まれ、溶け入りそうで、このささやかな存在もまた両義的である。
女性の清濁という複数性を象徴した小さな女性の記号 は、それ自体が風景そのもの、絵画空間そのものと一体である。すなわち、誠実さや清らかさ、罪深さ、不品行、快楽、欲望などをもった女性性がこの絵画空間全体に仮託されている。この風景であり、色彩と形、線の混濁したカオスの絵画空間が、林さん自身の存在である。
今後、どうなっていくのか、どこへ向かうのか。これからも、変化しそうである。