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松村咲希”CIRCLE” LAD(名古屋)5月28日-6月11日

LAD GALLERY(名古屋) 2022年5月28日〜6月11日

松村咲希

 松村咲希さんは1993年、長野県生まれ。2017年、京都造形芸術大学芸術研究科修士課程芸術専攻ペインティング領域修了。

 2021年1-2月、LAD GALLERYで、名古屋で初めての作品発表となる個展を開いた。

松村咲希

 2021年は、個展に続き、2月13、14日にアートフェア「ART NAGOYA 2021」でも、LAD GALLERYから松村さんの出品があった。

 今回は2回目となる個展である。

松村咲希 “CIRCLE” 2022年

LAD GALLERY(名古屋) 2022年5月28日〜6月11日

 支持体は木製パネルや、コーヒーの麻袋を張ったものなど、変化をつけているが、いずれも下地を何層にも塗り、やすりをつかって平滑にしている。

 そうすることで、マスキングをして描くうえでの精度が高まる。印刷技術的な精巧な作品をデジタルも駆使しながら手技で丁寧につくっている。

 松村さんの作品では、グラフィックな平面性と絵画空間としてのイリュージョン、絵具の物質感や、厚みのあるパネル、レリーフ風の立体感など、さまざまな性質が絡み合うように均衡している。

松村咲希

 パネルは比較的厚く、作品は半平面、半立体といってもいいものである。

 そのため、グラフィック的でありながら奥行きのあるイメージがなお一層、ホワイトキューブの空間で浮きあがっている感じを伴い、同時に、言い方を変えると、壁から立体的に突き出た印象もある。

 所々で、絵具の物質感や、レリーフ状の立体感が異様なほど強調されていたりもする。

 これらのイメージとマチエール、イリュージョンと物質性、絵画空間とグラフィック、デジタルとアナログ、平面と立体などのテーマ領域が、彼女の作品には関係している。

松村咲希

 そのあたりは、このページの後半にある2021年のレビューにも、詳しく書いた。

 松村さんが、作品の天地など、展示の向きをどのようにしてもいい、としているのもユニークである。

 やはり、平面、立体、あるいは絵画、写真など、従来の美術作品の概念を横断するような意識で制作しているのだろう。

 支持体を粗い麻布にしている作品を除いて、基本的には、厚いパネルの側面もしっかり絵具を塗っている。

 デジタル、アナログを行き来しながら、絵具を工業的なほどに均質、平滑に塗った箇所、絵具が厚く物質的な部分、マスキング、転写、エアブラシなど、さまざまな方法を使い、さらにそれらを交わらせ、錯綜させている。

松村咲希

 今回は、円形を作品に取り入れたのが特徴である。

 それらは、支持体の形、画面に貼ったレリーフ的な立体物、コラージュ、描写など、さまざまな手法で試みられている。

 こうした作品だけに、形式面に関わる問題意識が見てとれる。

 ただ、それを整理して、どこかに収束させているというよりは、とにかく貪欲に取り入れながら、物質性と視覚性、立体と平面、空間とグラフィック、イメージと現前性、色彩と単色、形や模様、コピーと相似形などの要素を巧みに織り交ぜている感じだ。 

 初期のころに描かれたというモノクロの作品も名古屋で初めて展示した。

 シルバーも使い、メタリックな印象が強い。洗練された、スタイリッシュな世界である。

松村咲希

松村咲希 Combinations 2021年

LAD GALLERY(名古屋) 2021年1月23日〜2月6日

 絵具をキャンバスにぶつけ、擦り付けた物質感、マスキングによって引かれた明瞭なライン、シルクスクリーンによるドットの転写、コンピューターのピクセルの拡大画像‥‥。

 さまざまな要素が、互いに介入しながら重層化し、絵画空間をつくっている。

 重すぎず、さりとて軽すぎず、動感のある空間が生まれている。力強くあっても、決して窮屈な感じがしないのは、自在な白いラインの明るさのせいだろう。

松村咲希

 松村さんは、これらのイメージをパソコン上で合成して作ってから、キャンバス上で制作している。

 つまり、デジタル映像のイメージを丁寧にキャンバス上に変換しながら、デジタル / アナログ、イメージ / 物質、人工 / 自然が揺らぎ、せめぎあう空間を表出させている。

 全体的には、巧妙に構成されたデジタルイメージだが、パソコンからアウトプットしたイメージをシステマティックに写し変えたと思わせながら、キャンバス上では、描くこと、そしてマチエールの現れを重視している。

 それは、一部の作品で、コーヒー豆の麻袋を綿布の代わりに使うなど、支持体を抵抗感の強い表面にしてから描いていることからも、うかがえる。

松村咲希

 デジタルイメージを使うにしても、もともとは描くこと自体が好きなのだろう。

 グラフィックなイメージでありながら、松村さんの作品を見ていると、描く行為への純粋な思い入れが確かに感じられるのである。

 興味深いのは、相反する要素を画面で共存させながらも、それらの関係が単純ではなく、機知に富んでいることだ。

 例えば、インターネット上で見つけた遥か遠方の天体の「地表」画像を拡大し、そのデジタルイメージを転写する一方(画面が粗く、ほとんどモザイクのようになっている)、パレット上の絵具をすぐ近くの「地表」に見立て、絵具をキャンバスに投げつけている。

松村咲希

 顔料の原料が土や鉱物だとしたら、パレットの上に載せられた絵具は、松村さんにとって、泥遊びができる「地表」なのである。

 つまり、ここでは、「地表」をモチーフに、遠い / デジタル / イメージと、近い / アナログ/ 物質が、1つの絵画空間に共存する。

 しかも、キャンバスを投げつけた絵具も、さらに上からエアブラシで色彩を吹き付けることで、物質感を減じてイメージとして虚構化している。

 デジタルとアナログ、イメージと物質、遠くと近く、視覚性と触覚性が同時に組み込まれながら、一筋縄ではいかない。

松村咲希

 デジタルイメージを基にしながら、手作業としての物質の定着によって、レイヤーを重ね、絵画空間をつくる。そこに、見立て、再加工、偶然性、即興性、バグ、重力などが加わっているのである。

 加えて、「combination」と題された今回の展示では、1枚の作品を描いた後、絵画空間を構成する諸要素を、パソコン上でトリミング、分解、組み換えなどによって再構成した作品を展開している。

 つまり、ある作品から、諸要素を編成し直した派生絵画が、描かれているのである。

 そして、その場合も、松村さんは、画像の合成をデジタルで行いつつも、支持体にアナログ的に描写する。

松村咲希

 松村さんは、こうした制作を、幼い子供がおもちゃを散らかしながら遊ぶ感覚に似ている、と述べている。

 パソコンでデジタルデータを編集するイメージの構成と、キャンバスの上でアナログ的に描くという二重性の中で、部分と全体を行き来しながら、絵画空間を構築していく。

 松村さんの作品が、デジタル的な「編集」による静的でグラフィックな装い、洗練とともに、「描く」行為による生動感、作家の息遣いを感じさせるのは、そのためだろう。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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