LAD GALLERY(名古屋) 2021年1月23日〜2月6日
松村咲希さんは1993年、長野県生まれ。2017年、京都造形芸術大学芸術研究科修士課程芸術専攻ペインティング領域修了。名古屋では初めての作品発表となる。
2021年2月13、14日(12日はプレビュー)のアートフェア「ART NAGOYA 2021」 (ART NAGOYA 実行委員会主催)でも、LAD GALLERYから松村さんの出品がある。

絵具をキャンバスにぶつけ、擦り付けた物質感、マスキングによって引かれた明瞭なライン、シルクスクリーンによるドットの転写、コンピューターのピクセルの拡大画像‥。
さまざまな要素が、互いに介入しながら重層化し、絵画空間をつくっている。
重すぎず、さりとて軽すぎず、動感のある空間が生まれている。力強くあっても、決して窮屈な感じがしないのは、自在な白いラインの明るさのせいだろう。

松村さんは、これらのイメージをパソコン上で合成して作ってから、キャンバス上で制作している。
つまり、デジタル映像のイメージを丁寧にキャンバス上に変換しながら、デジタル/アナログ、イメージ/物質、人工/自然が揺らぎ、せめぎあう空間を表出させている。
全体的には、巧妙に構成されたデジタルイメージだが、パソコンからアウトプットしたイメージをシステマティックに写し変えたと思わせながら、キャンバス上では、描くこと、そしてマチエールの現れを重視している。

それは、一部の作品で、コーヒー豆の麻袋を綿布の代わりに使うなど、支持体を抵抗感の強い表面にしてから描いていることからも、うかがえる。
デジタルイメージを使うにしても、もともとは描くこと自体が好きなのだろう。
グラフィックなイメージでありながら、松村さんの作品を見ていると、描く行為への純粋な思い入れが確かに感じられるのである。

興味深いのは、相反する要素を画面で共存させながらも、それらの関係が単純ではなく、機知に富んでいることだ。
例えば、インターネット上で見つけた遥か遠方の天体の「地表」画像を拡大し、そのデジタルイメージを転写する一方(画面が粗く、ほとんどモザイクのようになっている)、パレット上の絵具をすぐ近くの「地表」に見立て、絵具をキャンバスに投げつけている。
顔料の原料が土や鉱物だとしたら、パレットの上に載せられた絵具は、松村さんにとって、泥遊びができる「地表」なのである。
つまり、ここでは、「地表」をモチーフに、遠い/デジタル/イメージと、近い/アナログ/物質が、1つの絵画空間に共存する。

しかも、キャンバスを投げつけた絵具も、エアブラシで色彩を吹き付けることで、物質感を減じてイメージとして虚構化している。
デジタルとアナログ、イメージと物質、遠くと近く、視覚性と触覚性が同時に組み込まれながら、一筋縄ではいかない。
デジタルイメージを基にしながら、手作業としての物質の定着によって、レイヤーを重ね、絵画空間をつくる。そこに、見立て、再加工、偶然性、即興性、バグ、重力などが加わっているのである。

加えて、「combination」と題された今回の展示では、1枚の作品を描いた後、絵画空間を構成する諸要素を、パソコン上でトリミング、分解、組み換えなどによって再構成した作品を展開している。
つまり、ある作品から、諸要素を編成し直した派生絵画が、描かれているのである。
そして、その場合も、松村さんは、画像の合成をデジタルで行いつつも、支持体にアナログ的に描写する。

松村さんは、こうした制作を、幼い子供がおもちゃを散らかしながら遊ぶ感覚に似ている、と述べている。
パソコンでデジタルデータを編集するイメージの構成と、キャンバスの上でアナログ的に描くという二重性の中で、部分と全体を行き来しながら、絵画空間を構築していく。
松村さんの作品が、デジタル的な「編集」による静的でグラフィックな装い、洗練とともに、「描く」行為による生動感、作家の息遣いを感じさせるのは、そのためだろう。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)