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イケムラレイコ&塩田千春展 ケンジタキギャラリー(名古屋)

ケンジタキギャラリー(名古屋) 2021年4月6日〜5月20日

イケムラレイコ 塩田千春

イケムラレイコ

 イケムラレイコさん、塩田千春さんによる2人展。ベルリン在住の2人が構想、企画、展示まで一貫して主体的に取り組んだ、サプライズともいうべき刺激的な展示である。

 背景には、新型コロナウイルスのパンデミックがある。

 イケムラレイコさんは三重県津市生まれ。ベルリン在住。日本では、2019年の国立新美術館での大規模な個展「土と星 Our Planet」が記憶に新しい。

 塩田千春さんは大阪府生まれ。ベルリン在住。塩田さんも、2019年の東京・森美術館での大規模な個展「魂がふるえる」が話題になった。2019年のケンジタキギャラリーでの個展レビューも参照。

手の中に抱く宇宙

イケムラレイコ 塩田千春

 構想・企画段階から、 イケムラさんと塩田さんが対話を重ね、ギャラリー側に2人によるテーマ展を提案。画廊も賛成し、実現の運びとなった。したがって単なる個展の寄せ集めではない。

 そして、それが奏功し、ギャラリーの1階と、2階の2つの空間の計3つのスペースに、一貫したテーマのもと、2人の作品を展開。チャレンジングで、極めて興味深い展覧会になっている。

 展覧会の企画は、2021年1月頃から、2人の間で練り上げられた。ともにベルリン在住だが、この展覧会まで、 2人の間に接点はあっても密な交流はなかった。

イケムラレイコ 塩田千春

 2人は、「石」をモチーフに、掌中の宇宙をテーマにする方向で、具体的に作品や展示の方法について対話を重ねた。つまり、2人が密接なやりとりを通してキューレーションをした。

 塩田さんが、青森県の十和田市現代美術館での常設展示「水の記憶」の設置に合わせて来日したのに合わせ、名古屋でのこの2人展の展示作業に立ち会った。

塩田千春

 ギャラリーによると、新型コロナウイルス感染拡大の影響によるロックダウンなどで展覧会延期等が続く中、2人で何かできないかという思いが共有され、対話のきっかけになった。

 2人の対話は、今回の展示のテーマ、内容のみならず、美術に対する意識、コロナ禍の世界、社会や、宇宙など多岐に渡って展開した。2人は、対話の記録、出版も展覧会プロセスの一部として早い段階から検討していたという。

 そうなれば、対話というかたちでも、地球的、宇宙的な視野で思索を続ける2人の世界観が響き合いそうである。

塩田千春、イケムラレイコ—1階

塩田千春 インスタレーション

塩田千春

 ケンジタキギャラリーの1階の大空間は、塩田さんの新作インスタレーション《Will of the Universe / 宇宙のいし》が展示されている。

 奥に延びる長細い空間で、画廊正面の入り口から、右側の通路を除いて、天井から、おびただしい黒いロープが雨のように垂れ落ち、中空に小石が括り付けられている。石の数は、約2600個にも及ぶという。

 このインスタレーション全体が宇宙空間のようにも感じられ、小石は天体のようにも見える。

 とてもダイナミックで、同時に繊細である。

 小石は白っぽいものが多く、黒いロープに包まれながら、美しく浮かび上がる。石はそれぞれ固有の色彩、形をもち、それらは個であるとともに、部分として、そして全体の空間として響き合う。

 宇宙、あるいは「神」の意思の深遠さを見るとともに、それが私たち1人1人の掌中の石に還元される、すなわち、1人一人の思いが全体性をかたちづくっていくとでもいう祈りのようなものを感じさせる。

イケムラレイコ 写真

 この塩田さんの大型インスタレーションと対をなすように展示されたのが、イケムラさんの写真の作品である。

 インスタレーションの向かい側の壁などに飾られたイケムラさんのモノクロの写真作品《Planet in Hands》は、石を手のひらに載せたイメージの写真である。

 タイトルから、手の中の石とそれを取り巻く小さな空間を、惑星や宇宙に見立てていることが分かる。

 トーンを抑えたイケムラさんの写真作品では、額のアクリル板に、接近している塩田さんのインスタレーションの黒いロープと石が映り込む。

 つまり、イケムラさんの宇宙のイメージに、塩田さんの作品の宇宙がオーバーラップするのである。

 普通なら、回避したいそうした映り込みも、2人が同じテーマで制作し、対話を経て設置したと聞くと、それほど気にならないというか、むしろ、1つの展示効果ではないかと思わせるところがある。

イケムラレイコ

 すなわち、イケムラさんの写真の手のひらの中と、塩田さんのインスタレーションの空間とがつながり、《今、ここ》と宇宙的なイメージが想像力によって1つになるのである。

 このイケムラさんのモノクロームの連作は、石を包み込んだ手が暗闇に浮かぶイメージである。

 カメラの焦点は石にぴたりと合い、微細な世界、硬質な感触を捉える。それを包摂するしなやかな手は背後から伸びるように現れ、その石を寛容に包む込む。

 ひんやりとした石の物質性と、手の柔らかな触感、皮膚という生体の感覚が対比される。

 普段、何気なくやりすごしている自分自身の手の感覚、体の感覚を意識することで、私たちは、心の妄想、思い込みを脱して、《今、ここ》という自分の現在と大いなる宇宙の感覚を結びつけることができるのではないだろうか。

 逆に、自分以外の相手に意識を集中すると、否定、批判、怒り、憎しみがわき起こり、恐れ、葛藤、争いが生まれる。自分の手の感覚、今ここに体が存在すること、場があることを意識することで、手のひらの中と宇宙が1つに結ばれていく。

 手のひらの中の宇宙は、今ここにいる自分の感覚、現在という瞬間のこの場所から、宇宙を意識させてくれるのである。

イケムラレイコ—2階

立体

イケムラレイコ

 石が着想の1つになっているこの展覧会で、イケムラさんは、ガラスの頭像《Lying Head》を展示した。

 光が柔らかく浸透し、とても美しい作品である。

 静謐なフォルムで内省的であると同時に、根源的な生と死をはらむ。人間の普遍的な価値の中に、多様な人間の存在を包み込んでいるようでもある。

 イケムラさんが長年使っている陶素材からの展開だろうが、陶の作品とは違った存在感、生命力をたたえている。 

写真

イケムラレイコ

 《U-chu》と題された3点の写真は、横向きに倒れたガラスの頭像を撮影。「宇宙」というタイトルや佇まいから、ブランクーシも想起させる。

 胎児のようにも見え、とても神秘的である。これまでのイケムラさんの作品にもあった誕生、小さき無垢なる存在が表象され、タイトルと合わせ、とても象徴的である。

イケムラレイコ

絵画

イケムラレイコ

 《Una Umi》《Holding Planets》《Melting Planet》という3点の絵画が展示されている。

 麻布を支持体にした《Una Umi》と異なり、他の2点は肌理細かい画面に流動的なイメージが描かれている。

 その中に見えるのは、手のひらと、それに包まれた石である。《Melting Planet》には、うさぎのイメージも見える。

 「うさぎ観音」というモチーフに見られるとおり、イケムラさんにとって、《うさぎ》は生命の象徴、そしてそれを包み込む宇宙と恩寵、祈りにつながるイメージであろう。

イケムラレイコ

 このほか、この展示室には、《Planet in Hands》のカラー写真バージョンの作品が1点ある。モノクロの作品とは全く異なる印象で、手のひらと石に白い粉が付着している。

イケムラレイコ、塩田千春—2階

イケムラレイコ・塩田千春 コラボレーションドローイング

イケムラレイコ 塩田千春

 イケムラさんと塩田さんがコラボレーションによって制作したドローイングのシリーズが出品されている。とても興味深い試みである。

 水のイメージを想起させる球体のような形象は、地球であろうか。絵画作品と同様、地球、宇宙、水、生命、誕生、祈りのイメージが描かれているように思われる。

イケムラレイコ 塩田千春

 最初にイケムラさんが描いたイメージに、塩田さんが赤い線のドローイングを加えている。

 まさに2人の思いが1つになって高められた作品ともいえる。不安と不確実性、恐れが覆う世界に対し、宇宙的な寛容さ、大きな包摂、見えない存在、関係性へのつながり、祈りを提示しているのかもしれない。

塩田千春 立体

塩田千春

 塩田さんの立体作品が2点展示されている。

 《State of being(Mirror)》では、赤い糸を張り巡らされた鉄枠の中に丸い手鏡が宙吊りになっている。

塩田千春

 壁に掛けられた立体《泉 Fountain》には、素材の1つにガラスが使われている。

塩田千春 イケムラレイコ ドローイング

 塩田さんは、掌に石を載せたイメージのドローイング《手の中に抱く宇宙》も出品した。

 その横には、イケムラさんのモノクロ写真の作品《Planet in Hands》が展示されている。

塩田千春

 以上、塩田さんによるインスタレーション、イケムラさんのガラスの頭像や、それを写した写真作品、あるいは手のひらと石をモチーフにした写真シリーズ、そして絵画など、見どころの多い展示である。

 とりわけ、2人のコラボレーションによるドローイングは、作品の独自性に加え、コロナ禍が世界を押しつぶす中、2人の問題意識と共感が結実した試みである。

 何よりも、大きな実績をもつ2人がグローバルに連携し、主体的に構想・企画した類いまれな展観となったことを強調したい。ぜひ足を運んでほしい展覧会である。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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