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酒井陽一展「wave」、深谷仁美ガラス展 ギャラリーIDF  

GALLERY IDF(名古屋) 2020年12月5〜20日

  GALLERY IDFでは、アルミニウムによる平面作品を展開する酒井陽一さん、小スペースのIDF-miniでは、ガラス作家の深谷仁美さんの作品を展示している。

酒井陽一

 酒井陽一さんは1976年、愛知県生まれ。愛知県立芸大、同大学院で油絵を学んだ後、アルミニウムを素材にした平面作品を制作している。

酒井陽一

 アルミニウム板にリューター(電動切削工具)で細い線を彫り、イメージを作って「絵画」を成り立たせる作家である。

 元々は、油絵を描いていた。今は、アルミニウム板の表面に繊細な溝を削り、光の反射をコントロールすることで、イメージを浮かび上がらせる。

 金属の絵画という意味で、筆者は、鉄、鉛、ステンレスなど、金属による「絵画」を追究した美術家、久野真さん(1921〜98年)を思い出した。

 久野さんについては、愛知・刈谷市美術館で2019年夏にあった展覧会の記事「久野真展(刈谷市美術館) 木本文平さん、庄司達さんの対談から」を参照してほしい。

酒井陽一

 酒井さんは、まず業者に、工業用のアルミニウム板を薄い箱状のパネルに加工してもらう。その後の鏡面加工は、サンドペーパーなどを使って自分でする。

 鏡面加工も業者に任せることは可能だが、工業製品のような無機質な感じになるのを避けるため、自分でやっている。

 あとは、イメージをリューターで彫り、光の当たり方によって変わる微妙なニュアンスを出していく。

 今回のモチーフは、海の波である。

 基本的に、写真を撮って、そのイメージを定着させている。ドローンを使って、鳥の目線で上空から撮影した海のイメージもある。

酒井陽一

 わずかな溝の角度でニュアンスが変わるため、注意深く表情を整える。酒井さんにとっては、リューターが筆代わりである。

 こうした作品に至った経緯を聞くと、ユニークな答えが返ってきた。

 学生時代にオートバイにはまり、アルミニウム部品の磨き魔になった。その影響から、ステンレスにはない、アルミニウムの白くマットな表面に惹かれるようになったというのである。

 アルミニウムを支持体に絵具を載せたこともある。あるいは、シルクスクリーンでイメージを転写することもあったが、現在は、リューターで彫る作業が中心である。

酒井陽一

 酒井さんがモチーフにしてきたのは、雲(空)、波、滝、水溜りなど。つまり、基本的に、空と陸、海を循環する水をモチーフにしているのである。

 水は、決まった形を持たず、場所やさまざまな条件によって変化しながら、地上と大気の間を移動する。

 私たちは、光の反射として、色彩を見る。

 海は空からの青い光を反射し青く見え、雲は大気中に浮かぶ水分子が太陽光を乱反射させることから、白く見える。波や滝も、運動する水分子が光を反射させ、白く見える。

酒井陽一

 酒井さんは、光が反射してさまざまに変化して見える水を、アルミニウムを彫った溝によって光を反射させることで、再現しているのである。

 つまり、酒井さんは、自然の風景の中で見る光の反射を、イメージを彫ったアルミニウム板の表面で人工的に発生させているのである。

 以前、制作した作品では、雨上がりの水溜りに映った空(雲)と、飛行機の影がモチーフになっていた。

 水溜りや、それに映った雲は、繊細にアルミニウムを彫って表現。他方、飛行機の影は、シルクスクリーンでイメージを重ねたという。

酒井陽一

 表面を直接彫るという制作のプロセスには、支持体に絵具を載せる絵画というより、工芸に近い部分もある。

 絵具を支持体に足していくプラスの発想ではなく、素材を削っていくという意味で、引き算の発想である。

 つまり、油絵とは逆の考え方なのである。

 支持体に描くようにリューター(=筆)を動かしてイメージをつくるという絵画性と、他方、アルミニウムという素材から発想し、物質に直接的に作用するという工芸性。

 酒井さんが、その両義的なはざまで制作していることを、とても面白く感じる。

酒井陽一

 アルミニウム板を加工し、磨き、削り、金属への光の反射をコントロールしながら、光を表現する。

 特定の形を持たず、自然の力を借りて形や色を変える豊かな海を、アルミニウムという硬質な物質を削ることで、そこに反射する光の現象に仮託する。

 この記事に掲載した作品図版を見てほしい。アルミニウムを彫っただけで、波の動き、光の反射がリアルに表現されている。

 硬いアルミニウム板が、光の反射によって、変幻する自然、柔らかく律動する波に見えるのが何とも興味深い。

酒井陽一

深谷仁美

 一方、深谷仁美さんは1980年、愛知県生まれ。愛知教育大学でガラスを学んだ。

深谷仁美

 吹きガラスで器を作った後、切り子の研磨機で表面を削り、すりガラスにして、マットな質感を出している。

 ガラスそのものの引き締まった存在感、優美でありながらスモーキーな色彩、光を静かに遊ばせる繊細な形態が豊かな表情を生んでいる。

深谷仁美
深谷仁美
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>文化とメディア—書くこと、伝えることについて

文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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