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堀池典隆展 ギャラリー芽楽(名古屋)で2023年7月1-16日

Gallery 芽楽(名古屋) 2023年7月1〜16日

堀池典隆

 堀池典隆さんは1955年、静岡市生まれ。日本写真専門学院名古屋校(現・日本デザイナー芸術学院名古屋校)と名古屋芸術大学美術学部で学んだ。

 1980年前後にも個展、グループ展で作品を発表していたが、会社勤務で中断。50代後半となった2011年から、作家活動を再開している。

 2017年以降、制作しているのがウジェーヌ・アジェ(1857-1927年)の写真を題材にしたシリーズである。制作手法を究めながら、2018年からギャラリー芽楽で個展を開き、今回が4回目となる。

堀池典隆


 パリへの関心の原点には、エコール・ド・パリやその周辺にいた画家への興味もあった。19世紀末から20世紀初頭のパリを撮影したアジェの足跡をたどって、歴史と文化、風物、人々の暮らしの古層が幾層にも積み重なった街を歩き、撮り続けてきた。

 4回のパリ取材を経て、100カ所以上、アジェの撮影ポイントを巡っている。アジェは1カ所で、付近を移動しては繰り返し撮影しているので、トータルでは、堀池さんも数百カ所を巡ったという言い方もできる。

 堀池さんによると、アジェは、1857年、ボルドー近郊のリブルヌに生まれた。30代後半にパリに定住し、画家を目指すが、うまくいかず、40歳ごろから 「画家のための資料写真家」という看板をモンパルナス近くのアパートの一室に掲げた。

堀池典隆

 変貌していくパリの街並みや古い町並み、街かどで働く人々、歴史的建造物、庭園などを丹念に記録。ユトリロや藤田嗣治らもアジェの写真を購入して制作の参考にしたといわれている。

 1889年にはパリ万国博覧会が開催され、エッフェル塔も完成。 1895年には、パリでリュミエール兄弟による初の商業映画も上映された。

 そんな時代に、アジェは当時でも旧式といえるガラス乾板を用いる大型カメラで撮影。その数は生涯で8000点以上とされる。

 死後、同じ通りに住んでいたマン・レイの助手の女性写真家、ベレニス・アボット(1898-1991年)が作品の散逸を防ごうと保存活動に奔走した。後年、「パリの記録者であり近代写真の父」といわれ、70歳で生涯を終えた。

堀池典隆

時をかさねて世紀を超える。アジェとパリの地霊を求めて。

 堀池さんは、単に、アジェの撮影場所に赴き、「失われたパリ」にカメラを向けて漠然と撮影するわけではない。一見、シンプルな行為に見える撮影には、現代と過去を見通すような眼差しがあるのだ。

 アジェの撮影したイメージの記憶とともに、そこに現代を重ねていく透徹した視線である。そうして、アジェの時代と「今ここ」という2つの時間、空間のイメージを重ね、合成してゆく中で、化学変化のような反応が起きる。

 その場所では、風景のノスタルジーを超えた、幻影、記憶が澱のように沈下して、地霊(ゲニウスロキ)となっている。建物の佇まい、通りの片隅、汚れ、空気と匂い、人々、夢の名残など、全てがそこにはあるはずである。

 そうしたアジェの時代と、今ここに在る現代という2つのイメージが重なり、ある部分では現在が、別の部分では過去が強調され、あるいは透明化される。そのため、合成するレイヤーは、最低でも40、多いと100にもなる。それゆえ、堀池さんの作品は、過去と現在の対話である。

堀池典隆

 過去と現代が複雑に編み込まれるように合成され、それでもアジェが撮影した時代、あるいは現代の空気感の双方が完全に失われることはなく、むしろ、それぞれが相手を他者として受け入れ、支え合いながら、往還するように新たなイメージを生みだす。

 時と時、空間と空間、人々の息遣いと息遣い、感覚と感覚が100年という時間を超えて出合い、新たなイメージを生成させるーーそんな作品である。

 堀池さんの写真は、街を歩く行為そのものだという言い方もできるかもしれない。

 アジェの撮影した場所に向かい、そこに佇むことで、うずたかく積層した時間の中から、孤絶したその地霊を救い出しすことをしないと、それと対峙できるだけの現在が撮影できない(意識化できない)からである。

 アジェの写真に喚起されるように地霊を呼び覚まし、それによって、アジェのイメージと対話をできるだけの現在をもつかみ取るのである。

堀池典隆

 そうした、対象の本質を撮影する術を、堀池さんは若かりし頃、リチャード・アヴェドン(1923-2004年)の影響でポートレートによって人物の存在感を写し取ることで、学んだ。

 街は刻々とうつろい、かつての風景を消していく。堀池さんは、アジェ自身が撮影した街角、建物のみならず、その時代に生きた人々の暮らしによって、このうえない「今」をとらえ返し、重ねていく。

 アジェが撮影した19世紀末頃から20世紀初頭のパリの街角の写真と、それによって感じ取った地霊とともに、力強い現在を写し取るのである。

 初期には、単純に過去と現在をオーバーラップさせていた。

 現在は、より「今」との対話への意識があるのか、アジェが撮影した街と、自らが活写した風景を重ね合わせながら細かく腑分けし、部分によって透明度を繊細に変えながら、過去と現代を編んでいく。

堀池典隆

 自分が撮影した画像に幾層にも重なるスリット(隙間)を入れ、そのスリットから、アジェの画像が透過するようにして重ねた新しい試みも発表している。

 アジェの時代と現代を編み上げるような新たなパリのイメージである。

 作品に添えられた堀池さんのコメントは、アジェの時代を踏まえつつ、現在をビビッドに捉えている。その意味で、実験的でありながら、同時に多くの人に受け入れやすい作品に仕上がっている。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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