山崎つる子《作品》1963年 兵庫県立美術館蔵(山村コレクション)
© Estate of Tsuruko Yamazaki courtesy of LADS Gallery, Osaka and Take Ninagawa, Tokyo
ジェンダー研究による美術史の読み直し
豊田市美術館で2025年10月4日~11月30日、「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」が開催される。
本展は、中嶋泉著『アンチ・アクション─日本戦後絵画と女性画家』(ブリュッケ、2019年、第42回サントリー学芸賞受賞)で開示された視座を基に、日本の近現代美術史の再解釈を試みる企画である。
第二次世界大戦敗戦後の1950年代から60年代にかけ、日本では短期間ではあるものの、女性作家が前衛美術の領域で大きな注目を集めた。

芥川(間所)紗織 《黒と茶》1962年 東京国立近代美術館蔵
その後押しをしたのが、欧米を中心に隆盛し、フランスを経由して流入した芸術運動・アンフォルメル(非定形)と、それに応じる批評家たちの言葉だった。
だが、一時的な旋風として、アンフォルメル運動の熱が冷め、アクション・ペインティングという様式概念が米国から導入されると、女性作家らは批評対象から外されていった。
豪快さや力強さといった男性性と親密なアクションの概念に中原佑介や東野芳明といった、その後の美術史を形づくることになる男性批評家たちが反応。伝統的なジェンダー秩序への揺り戻しが生じたのである。

草間彌生《Pacifc Ocean》1959年 作家蔵 ©YAYOI KUSAMA
こうした経緯を分析したうえで、中嶋氏が女性作家たちのアクションへの対抗意識を指して創案したのが本展タイトルの「アンチ・アクション」だ。
本展では、ジェンダー研究の観点から美術史の読み直しを図るアンチ・アクションの概念を足がかりに、草間彌生、田中敦子、福島秀子をはじめとした14人の女性作家による約120点を紹介する。

田中敦子《地獄門》1965-69年 国立国際美術館蔵
©Kanayama Akira and Tanaka Atsuko Association
出品作家
赤穴桂子(1924-98)、芥川(間所)紗織(1924-66)、榎本和子(1930-)、江見絹子(1923-2015)、草間彌生(1929-)、白髪富士子(1928-2015)、多田美波(1924-2014)、田中敦子(1932-2005)、田中田鶴子(1913-2015)、田部光子(1933-2024)、福島秀子(1927-1997)、宮脇愛子(1929-2014)、毛利眞美(1926-2022)、山崎つる子(1925-2019)

田部光子《繁殖する(1)》1958-88年 福岡市美術館蔵
開催概要
会 期:2025年10月4日[土]ー11月30日[日]
会 場:豊田市美術館 展示室6, 7, 8
開館時間: 午前10時ー午後5時30分(入場は午後5時まで)
休 館 日: 月曜日(10月13日、11月3日、24日開館)
主 催: 豊田市美術館
共 催:朝日新聞社
学術協力: 中嶋泉(大阪大学大学院文学研究科准教授)
入 場 料:
一 般 | 高校・大学生 | 中学生以下 | |
当日窓口販売 | 1,500円 | 1,000円 | 無料 |
オンライン販売 | 1,300円 | 800円 | 無料 |

福島秀子《ホワイトノイズ》1959年 栃木県立美術館蔵
見どころ
1)最新のジェンダー研究に基づく美術史の見直し
近年、女性作家の再評価が進められる中、本展では『アンチ・アクション─日本戦後絵画と女性画家』(ブリュッケ、2019年、第42回サントリー学芸賞受賞)で、ジェンダーの観点から日本の戦後美術史に新たな知見をもたらした中嶋泉氏の全面的な協力により、新たな目で各作家の作品に光を当てる。図録には、同研究の第一人者である英国の美術史家グリゼルダ・ポロック氏のインタヴュー記事も収載する。
2)未発表作品の紹介
遺族や研究所の全面的な協力を得て、赤穴桂子、多田美波、宮脇愛子らの、これまでに紹介される機会のなかった初期作品や未発表作品を展示する。作家たちの新たな一面を知る機会になる。
3)ZINE の配布
図録テキストやパネル解説とは別に、さまざまなをトピックを紹介するZINE を会場で配布。よりカジュアルに、より多面的に、作家たちの活動や時代背景などを知ることができる。
4)草間彌生《椅子》の展示
豊田会場のみ、草間彌生の代名詞といえるソフトスカルプチュア作品《椅子》を展示する。

宮脇愛子《作品》1964年 公益財団法人アルカンシエール美術財団/原美術館コレクション
関連イベント
記念講演会
講師:中嶋泉氏(本展学術協力、大阪大学大学院文学研究科准教授)
日時:2025年10月26日(日)午後2時~
会場:美術館講堂
定員:150名(先着)、聴講無料

毛利眞美《裸婦(B)》1957年 東京国立近代美術館蔵
作家・展示紹介
本展で紹介する作家たちは、いくつかの共通する関心や指向をもちながら、その問題に対して、個々人が独自のアプローチを試みた。展示では、そのいくつかの関心事を導きとして、各作家の作品を有機的に結びつけながら、その独自性を浮かび上がらせる。
1)形の由来と身体性
初期には、円を制作の手がかりにしながらも、後年には画面から形象自体を消失させた田中田鶴子。

田中田鶴子《無》1961年頃 奈良県立美術館蔵
女シリーズや神話シリーズにおける明快な人体像を経て、ニューヨーク留学後には切り詰めた形態による抽象画に至った芥川(間所)紗織。
女性の身体を示唆する絵画から出発し、それをさらに強度のある絵具の痕跡と絵筆の動きをとどめた画面へと展開させた毛利眞美。
建造物を下敷きにしたと思われる幾何学抽象と同時に、フロッタージュなどシュルレアリスムの技法を用いた抽象画も手がけた榎本和子。
「捺す」という独自の技法を用い、私たちを凝視する目玉や簡略化された人体を画面に折り込んだ福島秀子。
それぞれの作家が、ときに身体を手がかりにしながら、抽象形態に向き合っていたことがわかる。
2)素材と物質、表面の操作
1950年代には、パレットナイフで絵具を叩きつけるようにして堅牢な画面を作りあげ、その後、60年代には薄く絵具の層を重ねることで、透き通った色彩と材質とを画面に顕在化させた江見絹子。

江見絹子《空間の祝祭》1963年 個人蔵
ガラスや亀裂を走らせた板など強度のある素材を用い、人間を超越した力の象徴を表現した白髪富士子。

白髪富士子《白い板》1955/85年 兵庫県立美術館蔵(山村コレクション)
新素材の合成樹脂塗料を用いた艶やかな表面により、軽快で明白な日常世界へと絵画を解き放った田中敦子や山崎つる子。
急速な都市化の産物であり、卑近な素材であったアスファルトを画面に荒々しく貼り付けた田部光子。
濃淡を効かせた絵具や皺の寄った布や紙の断片などを画面に張り込み、周囲の空間との間に対比を作り出した赤穴桂子。

赤穴桂子《黒の中の四角》1961年 個人蔵
熱によって形を変形させることのできるアクリルや観客の姿を反射するアルミニウムといった素材を用い、平面から立体へと作品を展開した多田美波。

多田美波《周波数37303055MC》1963年 多田美波研究所蔵
作家たちは、自身の思考を体現=代弁するに最適な素材や技法を独自に探究した。
3)反復する身体・反復する形象
「描く」ことに疑問を抱き、「捺す」ことで形象を定着させた福島秀子。速度や衝動を抑制しながら繰り返される無数の円の刻印は、画面に別の時間と空間を生じさせる。
同じく大小の円を画面に偏在させ、それらを無数の線でネットワーク的につないでみせる田中敦子。
1960年頃から大理石粉を混ぜた絵具を繰り返し画面に垂らすことで制御された作品を構築した宮脇愛子。
細かな網の目が全体を覆う草間彌生の「インフィニティ・ネット」では、絵具の濃淡によって画面は揺れ動き、独自の空間が立ち上がっている。
反復による制作は、そこに含まれる小さな差異によって豊かな空間を作り出し、また見る人に、作品と向き合うなかで生成される独特の手触りを実感させる。