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地球・爆 10人の画家による大共作展 2019年11月1日-12月15日 愛知県美術館で開催

 1960年代のポップアートを代表する画家、岡本信治郎さん(1933年、東京生まれ)を中心に、10人の画家が共作した戦争と平和の絵画を紹介する「地球・爆 10人の画家による大共作展」が2019年11月1日〜12月15日、名古屋・栄の愛知県美術館で開かれている。2001年に起きた米同時多発テロに呼応し、岡本さんが伊坂義夫さん(50年、東京生まれ)と企画。2人の呼びかけで、8人が加わり、計10人が参加した絵画プロジェクトだ。全体は第1〜11番で構成され、143点の絵画パネルをつなぎ合わせると200メートル超の絵画となる。


 十数年の年月を経て完成した作品は、戦争と平和を巡る各作家の思いや記憶、願いが出合い、結び合い、人類と地球への思索や共作の意味への問いかけも内包させながら、1つの長大な「絵巻物」に結実した。それぞれが、戦争と平和を地球、宇宙の視野で、これまでの自分の生き方、生死に関わる問題、歴史や現代の状況を踏まえて思索し、対等の立場で、個を尊重しながら、しかも1つの大きな構想のもとに実現させた平和への壮大なメッセージである。

 構想段階からアイデアを持ち寄り、共作を決定。2003年に着手し、2007年9月に全ての決定稿が揃った。続いて、本画の制作が始まり、2013年2月に完成していた第1番は、その年にあった「あいちトリエンナーレ2013」で公開され、以後、制作は今回の展覧会直前まで続いた。
 10人は、岡本さん、伊坂さんのほかに、市川義一さん(43年、東京生まれ)、大坪美穂さん(45年、北海道生まれ)、小堀令子さん(東京生まれ)、清水洋子さん(42年、東京生まれ)、白井美穂さん(62年、京都生まれ)、松本旻さん(36年、大阪生まれ)、山口啓介さん(62年、兵庫生まれ)、王舒野さん(63年、中国竜江省生まれ)である。

 この記事では、2019年11月2日に開催された記念シンポジウム(岡本さんと松本さんは療養のため欠席)での各作家の声も参考に紹介する。

 1945年の東京大空襲、広島、長崎への原爆投下をはじめ、20世紀半ば以降、世界各地で続く戦争、紛争による爆発が、兵器が大規模化する中で地球や人類にどんな影響を及ぼすのかがテーマ。作品は基本的に細い描線によるモノクロームで、色彩がない。具象的なものが描かれ、イラスト的、デザイン的で、一部は漫画的な表現も取り入れられている。具象的といっても戦争そのものがナラティブに描かれているわけではなく、多くはシンプルで、尚且つ、記号のようになっていて、隠喩、象徴、文学的引用、イメージの変換・操作、メタモルフォーゼなどがあって、分かりやすいわけではない。そうしたイメージが私たちと隔絶したものではなく、日常に入り込んでくるように描かれ、精妙に構成されているのが特長だ。

 モノクロの線描表現には、岡本さんの従来の油彩表現への反発、少年期に親しんだ漫画文化、戦後の米国のイラスト、デザインからの影響もあるようだ。45年の東京大空襲を少年だった岡本さんは東京郊外の疎開先から見て、衝撃を受けた。50年代後半に美術家としてデビューした後もしばらくは戦争を描くことはなく、ようやく81年に、伊坂さんと6年間かけて制作した「少年戦記」のシリーズを発表し、少年の目から見た日本の戦争を世に問うた。

 2001年の米同時多発テロ後、新たな構想がスタート。スケールが壮大であったことから、賛同するメンバーを募り、議論を重ねた。10人の個性を生かし、多様性を内在させつつ、1つの作品として制作を進めた。日常と隣り合わせで最新テクノロジーの兵器による攻撃が起こり、その映像、イメージが瞬時に世界に発信される時代。作品には、そうした現在を起点に過去、未来の戦争とそれに対する批評、平和への希求が展開している。

 シンポジウムでは、伊坂さんが、「地球・爆」について、戦争と平和をテーマとした、岡本さんと伊坂さんのアクリル絵画「少年戦記」がベースになっていると説明。同作品は、乳白色の地に細い筆で、製図あるいは記号のようにクールに描かれ、「一滴の血も流さず描こうよ」という岡本さんの言葉に従って進められた。「地球・爆」もそれに倣ったといい、色彩はなく、戦争という大惨事をあえて静謐な表現で突き詰めている。

 市川さんは、1945年8月6日に広島に落とされた原爆「リトルボーイ」、同9日に長崎に落とされた原爆「ファットマン」のイメージにペンタゴンなどを組み合わせた「ダブル・パラドックスI・II」について説明。大坪美穂さんは、ナチスによるユダヤ人大虐殺をモチーフにしたとされるパウル・ツェランの詩からインスピレーションを受けた「黒いミルク・ユダヤ人の椅子(パウル・ツェランによる)」や、宇宙的な大きな命を生み出すイメージを描いた「プネウマ」、インスタレーションを平面に作りかえ、黒い布玉に亡くなった人の思いを込めた「SILENT VOICE」などの自作について触れた。

 小堀令子さんは、「焦土」「コンリート山水」「海戦図近景」「銀河の行く末」などの作品で、過去から未来に到る戦争や、近年のコンクリート化された環境、海や空、宇宙の奪い合いなどの社会や世界の動向、対立をエレジーとして描いたと述べた。清水洋子さんは、ダークマターという概念をモチーフに宇宙的な視野で制作した「暗黒物質」などについて言及。全体に線の表現による白い作品が多い中で、黒い作品を展示した背景を丁寧に説明した。白井美穂さんは、メルヴィルの小説「白鯨」でただ1人生還したイシュマエルを帰還兵に重ね合わた「帰還兵/我これを汝に告げんとて只一人逃れ来れり」などについて思いを披露した。

 山口啓介さんは、市民の犠牲者が多く出たとされる、イラク戦争後の2004年の米軍によるファルージャ掃討作戦をモチーフにした「死海 ファルージャ」などについて解説。画面に描かれた戦争のメタファーのタコ、ぐちゃぐちゃになった地球、戦闘機、ステルス爆撃機などのイメージに触れた。10人のうち、唯一の外国人(中国人)の王舒野さんは、戦争に正義も悪もないと訴える「無極闘鳩図」、万里の長城から発想した「長城化之惑星」を取り上げ、対立を生み出す近代の人間中心主義、秩序からはみ出したものへの暴力と排除への反省を促した。

 作品点数が多く、それぞれに深いメッセージが込められているので、全てを容易に理解できるとは言えないものの、会場で配られる解説を手に巡ると、地球と人類が直面している課題、それに対する作家の真摯な思いが伝わるだろう。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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