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三重県文化会館「変半身」

写真は全て©️引地信彦

 小説家、村田沙耶香さんと、劇作家、演出家、俳優の松井周さんが共同で原案を練りあげ、それぞれに小説と演劇を創作するプロジェクト「INSEPARABLE(インセパラブル)」による演劇バージョンの舞台「変半身(かわりみ)」が2019年12月14、15日、津市の三重県文化会館で上演された。
 演劇版では、「東洋のガラパゴス」といわれる架空の島「千久世島」で、監視社会と人間の分断、ゲノム操作など、近未来のディストピア的な物語が展開。パラレルワールドのようなもう1つの世界との往還、人間と動物の交感や獣姦などの要素も加わり、荒唐無稽な世界観の中で、移民、貧困、差別、環境、バイオテクノロジー、生殖と生命倫理など、現代の世界が抱える問題群と、これからの人類が進むべき道が問われる。上演時間は2時間15分。

変半身

 松井周さんは「サンプル」を主宰し、「自慢の息子」で 2011 年に岸田國 士戯曲賞を受賞。村田沙耶香さんは 16 年に「コンビニ人間」で芥川賞を受賞した。プロジェクトは 2017 年から、伊豆諸島の神津島、三重・神島などへの取材、合宿などを経て、3年がかりで進んできた。村田さんの小説「変半身」は、2019年11月下旬に筑摩書房から刊行。松井さんの同名の演劇は11月末から全国を巡演した。村田さんによる小説版の単行本の帯には「人類は変態する」「ニンゲンを脱ぎ捨てろ」「新たな人類のための異形の《創世記》ここに誕生」などの惹句がある。

 千久世島は、人口2000人の熱帯の島。降水量が多く、独自の生態系をもつ。山側に暮らす「山のもん」と、海側に住む「海のもん」の間で長年、軋轢が続いた。国造りの創造主、ポーポー神の神話や奇祭が伝わる。島からは、ポピ原人が残したとされる「世界最古の浣腸」が発掘された。「ポーポー様」を称える奇祭「ポーポー祭」が毎年続けられ、祭りの最後には、生贄の体をたいまつで叩く秘儀「モドリ」が営まれる。

変半身

 演劇版で描かれるのは、千久世島の近未来。既に体を変えるためのゲノム操作が行われ、島は、ゲノム編集に必要な最高品質のレアゲノム素材が発掘されたことで注目されている。
 国が個人の「成績」をスコアに記録し、全国民を監視。都市部に住むのは、スコアの高い富裕層だ。彼らは、レアゲノムによって遺伝子を組み替えられ、アンチエイジング、ポストヒューマンな人間を志向している。
 優秀な人類を生み出すため、受精も管理され、性交が許されるのは、国から生殖免許を取得した者だけ。一般人の性交「野良交尾」はリビドー防止法で禁止されている。「普通の生活のできる余裕がない」。一般住民である島民からは、そんな言葉も漏れる。レアゲノムの発掘は、劣悪な環境の中、外国人技能実習生が担っている。

こうした背景の中、舞台は、島内の森の中の事務所で、男女4人が指導役の女性、丸和玲香(安蘭けい)から講習を受けている場面から始まる。4人は、レアゲノムを盗難から守る自警団。リーダーは、高城秀明(金子岳憲)である。ある日、2年前のポーポー祭で死んだ秀明の弟、高城宗男(三村和敬)が戻ってくる。パラレルな世界との間を行き来する宗男が、微妙なバランスで成り立っていた島の秩序を揺るがしていく。

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ここからの話の展開は複雑で、単線的には説明しにくい。山のもんの宗男の恋人だった海のもんの尾形祐美(大鶴美仁音)が、宗男の死後、やはり山のもんの兄、秀明と結婚したことが分かる。レアゲノムを巡るせめぎ合いがある中、祐美の父親の尾形圭一(日高啓介)が2年ぶりに奇祭を復活させ、島に観光客を呼び込もうと主張する。もう1つの世界から戻ってきた宗男によって、秩序が壊れ、そこにシングルマザーの比留間ルイ(能島瑞穂)、もう1人の自警団メンバー、田部草太(王宏元)も関わる。状況は刻一刻と変化。さまざまな思惑が絡む。
タイトルの「変半身」は、従前のニンゲンから変態し変わっていくドッペルゲンガー。死の世界から戻ってくる宗男も、もう別のニンゲンになっている。やがて、宗男に導かれるように、祐美も来方神のような仮面をかぶって現れ、神がかりの言葉を発して、自己を解き放つ。「目を覚ませ」。宗男も言う。「自分の単位でものを考えるな」。登場人物たちが、この世界と違う超越的なパラレルワールドとの間を行き来する中で、イルカとまぐわい、違うニンゲンになっていく。

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ゲノム操作によって、アンチエイジング、ポストヒューマンな体を手に入れることが幸福——。そんな舞台設定は、気候変動、人間の能力を凌駕する人工知能とバイオテクノロジー、暴走する金融資本主義によって、人間の社会が大きく変貌しつつある現代とも重なる。一部のエリートと無用者が生み出され、格差は拡大する。所々で、終末論的な言葉が語られるのは、そのためだろう。「この世界はデタラメに作られている」「このままでは世界が糞詰まりになって、人類は滅びる」「人間はもう終わる」。
糞詰まりによって行き詰まった世界で、ニンゲンの原点を問い直すのに必要なのは、経済発展や新しいテクノロジーなのか。むしろ、風穴を開けて、違う世界から見ることではないか。そんなメッセージを感じた。
「世界最古の浣腸」が見つかった島だけに、ヨーゼフ・ボイスの「社会彫刻」に倣った「ソーシャル・エネマ(社会浣腸)」の概念が語られるのはユニークだ。噛み合わせが悪い社会に風穴を開けることで、固まった汚物を流し、分断を解き放ち、怒りの感情をほぐすのである。
舞台では、イルカとの交尾で、人間に背ビレが生えてくる。イルカの数が爆発的にふえ、2年後にはイルカ語が公用語になるとされる。これからのニンゲンを考えるには、人間だけでなく、動物、霊的なものを含めて、人類が問われなければならない、そう言っているようである。

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現在の倫理や常識、制度を転覆させた荒唐無稽な世界観ではある。だが、パラレルワールドや、イルカとの交わりは、自分の世界を相対化し、勇気を持って新しい自分へと脱皮せよ、変態せよ、と言っているようにも思える。人間社会が大きな曲がり角に来ている現在、人間中心の体系を破り、野生や自然と交感することが必要なのだと。

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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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