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藍生(あおい)展 原田弘子

ギャラリーサンセリテ(愛知県豊橋市) 2019年9月28日〜10月20日

 ギャラリーの大空間の壁に、藍染めの平面作品(あえて、タペストリーと言わずにそう言ってみる)が展示され、一部は、天井からいくつものレイヤーになって、空間を柔らかく包んでいる。どこまでも深い青、あるいは透明感のある繊細な変化に富んだ青が空間に豊かな表情を与えている。

いずれも、天然藍と伝統手法による作品である。これだけの展示は、美術館や公共ギャラリーを除けば、サンセリテぐらいの大きな空間がなければ、できないだろう。サンセリテの空間は、ギャラリーとしてはかなり大きいほうだが、「工芸作品」のギャラリー展示が通常、このようなスペースでなされることはほとんどない。サンセリテは、筆者にとっては、豊橋市の現代美術家、味岡伸太郎さんら三河地区の美術家を紹介する画廊、三遠南信地域の文化の拠点の一つとして、新聞記者時代から、しばしば足を運んだ場所である。
原田さんは、愛知県新城市を拠点に、精力的な制作を続ける藍絞り染め作家である。天然藍を使った「本藍染め」を追究。国内で10件に満たないともいわれる本藍甕をもち、江戸時代以来の伝統の染め・絞りの技法を引き継ぐ存在だ。展示された作品は、高さ3メートル前後、幅約1.1メートルなどど大きく、素材は手紡ぎの茶綿や、麻、絹など。天然ゆえに入手が難しくなっている素材もある。空間を落ち着いた安らぎな空間に変容させるととともに、作品によって、空間に凛とした緊張感を漲らせるもの、揺らぎのような軽やかさを演出するもの、律動するような呼吸を感じさせるもの、柔らかく豊かな動感を与えるものなど、実に多様な印象を与える。

藍は最古の染料といわれ、蓼藍(たであい)の葉を原料とする。種まき、栽培から刈り取りまで、葉藍の発酵・分解、できた蒅(すくも)に灰汁を加えて発酵が進んだ藍建(あいだて)までなど、素材となる植物に関わる時間と、素材を生かして創作から完成に到るまでの過程など、これだけの大きな作品に向けられた手作業を考えると、目が眩むほど。自ずと、そこに多くの人たちの生の営みと一体となった膨大な時間の積み重ねがあることが伝わってくる。

サンセリテの狙いは、「工芸」として、タペストリーやのれん、テーブルクロスなど生活に潤いを与えるものとして捉えられてきた作品を違う形で紹介すること。確かに、筆者が所属する新聞社でも、原田さんに関わる記事は全てが地方版の小さな展覧会か、町おこし、生き方に関するものだった。そうした記事をひととおり読んでみると、魅力的な生き方をされている方だと分かる。原田さん自身が奥三河地区の暮らしや藍という古来からの染めによって培われた伝統と生活の中での藍と人との関わり、すなわち物語性を大切にしているのだが、画廊としては、その上で、(純粋)美術と工芸の区分、そのヒエラルキーをいったん、外したものとして見てほしいとの考えがあるようである。もちろん、画廊の考えと、作家の背景、見る側が期待するものや意見は、それぞれ違う。そうした違いを超えて、狙い通りの展示が成り立つかどうかは、作品の力によるといわざるを得ない。そして、サンセリテの展示は成功していた。
愛知大短大部の講義で有松・鳴海絞の歴史を学び、工房を訪ねたのをきっかけに、化学染料の普及で伝統の染め、手仕事の中で伝えられてきた文化が失われつつあることを知る。嫁いだ先の新城市がかつて藍の栽培で知られた土地柄ということや、藍に防虫、防菌効果があり、自然環境や子供に優しい素材だということが分かり、子育てが一段落した後に本格的な研究と実作に入った。1975年に工房「藍弘苑」を設立。国内外で個展やワークショップなどに取り組んでいる。

原田弘子
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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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