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安野 享 作品展 9192631770×3600

  • 2019年11月9日
  • 2019年11月9日
  • 美術

加藤家住宅(名古屋) 2019年11月2〜10日

 名古屋市西区幅下1-10-1の旧中彦蝋燭店の連子格子の旧家の空間で、安野さんの写真を使ったインスタレーションの展示が開かれた。付近は、名古屋城下で、古い街並みが残る旧街道沿い。安野さんは、知人を介して、地域のまちなみ保存の市民グループと出合い、奥に長い旧家の空間と呼応するように新作、旧作を展開させた。加藤家は幕末から戦前まで和蝋燭を商売にしていた。

安野さんは、写真撮影の被写体を長時間露光によって捕捉することでその対象の時間性、内なる存在、支持体でない見えない本質、さらにはその対象を含む空間の性質に迫ろうとしてきた。長時間、光を定着することで時間の堆積によって、光と影、空間の時間の密度を静謐なままに凝固させる。
同時に、写真はあくまで素材であり、展示する場の空間や歴史性、堆積した時間と対話することで埋もれていた過去、生の営み、あるいは、新たな視点を喚起させる。人間がもつ不確実なイメージを、写真という素材によって究めた《本質》との関係によって掘り下げるとともに、写真というオブジェクトとして空間に配することによって意味を生起させていく。2011年からは、「優しい時間」の連作として、身体を素材に空間の時間性の表象を考えている。
今回の新作では、会場がかつて和蝋燭の商家だったことから、その和蝋燭の燃焼時間の約60分の露光によって写真を撮影した。展示タイトルの数字「9192631770×3600」は何か。1秒が、セシウム133原子(Cs133)のもつ電子がスピンの向きを変えた時に放出する電磁波が91億9263万1770回振動する時間であることから、それを3600倍するということは、すなわち60分なので、タイトルも和蝋燭の燃焼時間を表している。

 旧家の奥に長い間取りの各所に作品が展示された。入ってすぐの土間に展示されたのは、和蝋燭を60分間露光した作品である。まっすぐ凛として立ち上がる炎。1本の和蝋燭に火がともされてから、全ての蝋が液化、気化して炎となって、燃え尽きるまでの60分間の時間が神秘的な炎となって、背景の闇の中で揺らぎを超越した高密度の熱量そのものを映す。包み込む闇との対比の中で、炎の時間を生起させた和蝋燭の核であるエネルギーを定着させ、展示の導入部の効果を見事に果たしていた。

中の部屋には、タングステンを使ったストロボモデリングランプの豆電球のかすかな明かりで女性を60分間露光した作品や、女性のヌードを60分間撮影して和紙にプリントし、蝋の中に埋め込んで封印した作品もあった。中庭を挟んだ奥の茶室には、身体をテーマにした旧作のインスタレーションを展示。画像をピクセル群と捉え、イメージを構成する要素を少なくした試みや、イメージをつくる核の部分を抽出した作品などを空間に展開した。また、道路に近い店舗の空間では、コロタイプという古典印刷技法によって和紙に身体のイメージをプリントした、なだらかな諧調の作品なども紹介している。長時間露光によって、身体や炎の熱量の中から立ち現れるもの。それが妖しく、はかない美しさをたたえながら、人が、生きとし生けるものが、ある時間に存在することのかけがえのなさを伝え、静止したように過ぎ去った時間を堆積させた空間と交差していた。

安野享
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文化とメディア—書くこと、伝えることについて

1980年代から、国内外で美術、演劇などを取材し、新聞文化面、専門雑誌などに記事を書いてきました。新聞や「ぴあ」などの情報誌の時代、WEBサイト、SNSの時代を生き、2002年には芸術批評誌を立ち上げ、2019年、自らWEBメディアを始めました。情報発信のみならず、文化とメディアの関係、その歴史的展開、WEBメディアの課題と可能性、メディアリテラシーなどをテーマに、このメディアを運営しています。中日新聞社では、企業や大学向けの文章講座なども担当。現在は、アート情報発信のオウンドメディアの可能性を追究するとともに、アートライティング、広報、ビジネス向けに、文章力向上ための教材、メディアの開発を目指しています。

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