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Polyphonyと筆致と犬 関野敦 ギャラリーラウラ(愛知県日進市)で2025年9月13-28日に開催

ギャラリーラウラ(愛知県日進市) 2025年9月13〜28日

関野敦

 関野さんは1958年、岐阜県生まれ。愛知県立芸大卒。その後、山本容子さんなどから銅版画を学んだ。愛知県を拠点に制作し、現在は江南市在住。

 名古屋のA・C・Sなどで個展を開いている。2020年のA・C・Sでの個展レビューも参照。長年、銅版画をベースに作品に取り組んできたが、近年は軸足をドローイング、絵画に移している。

 作品を見ると、筆致や線、形象、色面、イメージ、絵具の飛沫など、多様な要素が横溢する画面で、抽象と具象、日常と非日常、暴力性と静けさ、現在と過去、未来の予兆など、さまざまなものが出合いつつ、ポリフォニックな空間をつくっている。

 イメージは、身の回りのもののみならず、メディアを介して伝わる戦争に関わるものなど、世界の現在の状況も反映させている。ちなみに、2020年のA・C・Sの個展では「分断」がテーマになっていた。

Polyphonyと筆致と犬  

 今回、大作の絵画では、主にアクリル絵具が使われている。床面まで、支持体を垂れ流すように配置した作品もあった。

 写実的な表現、 抽象的な形象、アンフォルムな色面、荒々しいタッチ、細く繊細な線の重なりや揺らぎ、絵具の物質性など、多彩なものがカオスのようにひしめき合いながら、それでいて、全体性が意識されている。

 つまり、無軌道に筆を動かすのでも、無意識に絵具を擦り付けるのでもなく、絵画空間としての意識が強く働いている。

 今回は、とりわけ大きな矩形の色面や縦方向の筆致が多く、これまで以上に荒々しい画面になっている。細い線が戯れるような、一見、静かな作品でも、世界の多様性、人間の複数性とでもいうような、さまざまな現象、生成消滅、作用、反作用、化学反応が随所で起きている感じだ。

 大きな画面のペインティングということもあって、エントロピーの度合いが高いのも今回の作品の特徴だ。画面を埋め尽くすような勢いで、線や色彩、形、イメージが溢れている。

 ウクライナや、中東パレスチナ自治区ガザの深刻な状況は当然のこと、世界や日本における、日常の隙間から、不安の予兆、怖れがかつてなく広がっている趣だ。

 他方で、関野さんは作品についてあまり語る人ではない。それは、自分の作品を大文字の物語、メッセージとして、説明したくないからだろう。

 今回、特筆すべきは、歴史的な絵画のイメージが作品の下層に描かれていることだ。写楽の役者絵、ダ・ヴィンチのモナリザや聖母子、ラファエッロのインギラーミ枢機卿の肖像、ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂天井画など、さまざまな引用がある。

 その一方で、画面には、太平洋戦争で実戦に投入された風船爆弾、ガザ地区で食料を求める子供たちが手にする鍋など、過去と現代の戦争、侵略の暴力性、横暴と、その被害に苦しむ無辜の魂も描かれている。過去と現代、日本と世界のさまざまな断片が描き込まれ、絵画空間で交差している。

 同時にまた、関野さんにとっての描く行為が、事物を再現することよりも、絵画という形式、絵画空間を成り立たせることに重きを置いていることは、強調しなければならない。

 多種多様な筆致、色彩、形象など、自ら描く手数を総動員し、さまざまな実験を試みながら、画面に載せていくことで、絵画としての空間、生気、力を創出させることが関野さんの描く行為の要諦である。

 長い絵画の歴史、脈々と連なる時間の流れ、人間の葛藤、現代の苦悩を受けとめながら、この今、ここで、自分がいかに筆致を重ねるか、絵画に挑むかという思いが滲んでいる。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。(井上昇治)

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