名古屋のカルチャーWEBマガジン「アウターモーストナゴヤ」では、レビュー、リポート、トピックスなどを掲載します

想田和弘監督「精神0」を見て

 想田和弘監督の映画を数多く見ているわけではない。ただ一度、「牡蠣工場」を見て、想田監督にインタビューをしたことがあるだけである。いずれも、淡々と世の中の出来事を切り取ったドキュメンタリー。それでも、「精神0」は、見たときに熱いものがこみ上げてきた。

 フレデリック・ワイズマン監督の影響も受けながら、「観察映画」という独自のコンセプト(想田監督はそれを『十戒』という厳格なルールにしている)で、事前準備等は全くなく、行き当たりばったりに撮影する。

 私は、ドキュメンタリーがもともと好きである。そして、劇的な効果や編集、取材意図が過剰に支配する作品よりも、偶然、見えてくるものに引き付けられる。ドキュメンタリー映画と言っても、実にさまざまで、フィクションではないにしても、事前の打ち合わせや演出次第で、かなりドラマチックになる。その点、事前のリサーチ、打ち合わせをせず、定点観測を深くしていく想田監督の作品は、私の好みに合っている。私がとても好きなNHKのドキュメンタリー、「ドキュメント72時間」とも通じている。

 ただ、予定調和を排しながらも、想田監督の作品には、作家性が強く出ていると思う。だらだら撮影するわけではない。カメラの前の事実に対して、想田監督が「選択」をする。何にフォーカスするか。ズームアップするか、引くか。追いかけるか、追いかけないか。撮影していく中、カメラの前で起こる偶然の出来事、明らかになっていく事実への想田監督という一人の人間の観察がある。想田監督は人間的で優しく、その視線には愛がある。そして、その作品を見るときの私たち一人一人も、映画の中で起きる出来事を観察する。

 そこに見えてくる、とても生々しい現実。必ずしも事件や悲観的な出来事を撮影しているわけではないのに、その人間が背負っているもの、世界が直面していること、社会の今が見えてくる。懸命に生きている人間の姿があり、そこに普遍性があり、愛おしさを感じずにはいられない。

 私は、今回の作品と同じ取材対象を扱った2008年のドキュメンタリー映画「精神」(2008年)も見ていない。このとき描かれた精神科診療所の医師、山本昌知さんは、「精神0」の中で82歳となり、現役引退を決めた。「精神0」は、そんな山本医師を追ったドキュメンタリーである。

 映画の前半は、診療所で老医師の引退を惜しむ患者とのやりとりが延々と続く。退任記念の講演会には、多くの聴衆が集まる。患者や関係者が引退を惜しむ場面から、山本医師がいかに患者に寄り添い、信頼され、慕われていたかが分かる。

 ふと、その流れの中で、高齢女性が玄関を開けられなくなるシーンがある。山本医師の奥さん、芳子さんである。やがて、心の中にさざなみのようなものが起こるのを感じる。奥さんはほとんど言葉を発しない。表情も相手の言葉への反応も乏しい。自宅では、台所やダイニング、応接間などの片付けができず、全てが雑然と散らばっている。

 映画を見ながら、ふと、今年1月に亡くなった自分の母の記憶がよみがえってきた。認知症で、最後の何年間かはグループホームにいた。山本医師の妻が認知症かどうかは映画の中で示されないが、表情の乏しさや、コミュニケーションの不具合、家事ができなくなった状態に、私が母の認知症に気づいた頃のことを思いだした。映画では、途中、前作「精神」の中の生き生きとしている芳子さんの姿がモノクロ映像として挟まれる。

 映画の中ほどに映された武者小路実篤の詩「この道より我を生かす道なし」が、山本医師の今を伝えている。精神医療に身を投じた山本医師の道は続くのである。

山本医師は、元気な頃に自分を支えてくれた妻に笑顔で、静かに寄り添っている。妻と手をつなぎ、手と手を重ねる。可能な限り、妻の手に自分の手をからめて、互いの温かみを感じあっている。想田監督は、「純愛」についての映画になったという。確かにそうなのだ。

 そうして、私はまた思い出した。亡くなる少し前、40年も前に亡くなっている自分の夫(私の父)がまだ生きているように話してくれた母のことを。

 「精神0」の「0」は何を意味するのだろうか。いろいろな解釈ができるが、私は、精神の無垢な、最も本質的なもの、病んでもなお尊く、そこにある芯のようなものだと勝手に解釈した。

※名古屋での上映は名古屋シネマテーク

最新情報をチェックしよう!

コラムの最新記事8件