名古屋のカルチャーWEBマガジン「アウターモーストナゴヤ」では、レビュー、リポート、トピックスなどを掲載します
CATEGORY

過去の別メディア記事

  • 2019年8月17日
  • 2019年8月15日

工芸的造形への応答

この記事は、「REAR」(20号、2009年1月)に掲載されたものです。  岐阜県多治見市のギャラリー・ヴォイスで開かれた中島晴美展(2008年7月12日〜8月17日)に合わせ、中島氏と金子賢治氏(東京国立近代美術館工芸課長)との対談「陶造形についてー工芸的な力の源泉と広がり」があった。金子氏の「工 […]

  • 2019年7月15日

観光地化する美術館

 本稿は芸術批評誌「REAR」(2009年の20号)に掲載された。  個々の展覧会による動員の多寡だけではなく、市民や観光客を引き寄せる集客/交流/観光施設としての美術館の成否が問われるようになってきた。金沢21世紀美術館(石川県)はそうした成功例の一つであろうし、新しいところでは十和田市現代美術館 […]

  • 2019年6月28日
  • 2019年6月28日

「商業主義? 格差? 資本主義と芸術」

 2007年末ごろから2008年初めにかけたここ数カ月間の新聞や雑誌を見ているだけで、文化や芸術の置かれている状況が、のっぴきならないところにきている気がしてならない。多くの文化関係者は自分がかかわっているジャンルについては多少、こうした時代の空気を感じているだろうが、そうした記事を以下のように紹介 […]

  • 2019年6月27日
  • 2019年7月17日

竹田大助 オートマティズムの極北60,61

この記事は、白土舎で2006年5月27日〜6月24日に開かれた展示に関するものである。  竹田大助については、同じ画廊の「戦後美術のメモランダム」シリーズが、これまでも一九五〇年代の初期油彩画やミメオグラフ(謄写版)のモノタイプを紹介しており、『REAR』10号でも、四〇年代末から五〇年代にかけての […]

  • 2019年6月22日
  • 2019年6月26日

豊田市美術館 石田尚志作品夜間野外上映(2009年11月8〜15日)+アーティストトーク(8日)

 「実は映像作家というより、画家の仕事として映像を作っている」。この日、石田尚志さんが話した一つのテーマは、石田さんが軽やかにコンピューターを駆使する映像作家というよりは、絵画を出発点に映像へと進んだ作家だという点だ。 幼いころから、ひたすら絵を描いていた石田さんは「幼稚園のときの絵が僕の人生の中の […]

  • 2019年6月20日
  • 2019年10月20日

林裕己写真展「表現と家族」

この展覧会レビューは、織部亭(愛知県一宮市島崎)で、2010年10月16日〜11月14日に開かれた時のものである。 写真家でパフォーマーでもある林裕己が美術を中心に、接点のある作家や現場に関わる知己の家族を撮影してきた写真。撮影は二〇〇四年に始まった。もともとは月刊雑誌「中部経済界」に連載され、家族 […]

  • 2019年6月13日
  • 2019年6月26日

社会保障としての文化拠点

「日本人ほど近い存在のものを過小評価する民族はいないんですよ。目の前に素晴らしい宝の宝石があっても気づかない。それなのに、外国から入ってくると途端に価値があるように思ってしまう」。この言葉は、地元のコメを海外に売り込み、特産品に押し上げた石川県羽咋市役所の職員の言葉だ(読売新聞2013年5月17日) […]

  • 2019年6月13日
  • 2019年6月26日

水上旬の60、70年代—「リアクション」と「かみ派(ニル派)」の時代

 ここでは、これまでほとんどまとまった分析がなされていない水上旬の1960、70年代を本人への聞き取り調査を元に記述する。ハプニング(行為、リアクション)、THE PLAY(以下、プレイ)の活動、「もの派」に対して言語を駆使した「かみ(紙)派」または「ニル派」の観念芸術、メールアートやメタアート、音 […]

  • 2019年6月11日
  • 2019年6月26日

超資本主義への疾走—

二〇〇七年十一月、東京国立近代美術館地階の講堂で、美術評論家連盟主催のシンポジウム「超資本主義への疾走 中国現代美術の過去と未来」が開かれた。当時、さまざまな美術系メディアで現代美術のバブル的な状況が指摘される中、シンポジウムからは、その中心的舞台・中国で展開する経済主導型文化開発の生々しい一端が浮 […]

  • 2019年6月10日
  • 2019年6月26日

松澤宥と水上旬 ニルヴァーナの頃

 名古屋の美術家水上旬と、松澤宥との最初の接点は、長良川河畔や岐阜市民センター(金公園)を会場に、岐阜アンデパンダン・アート・フェスティバルが開かれた一九六五年八月である。既に六〇年代初頭から京都や名古屋でハプニングを展開していた水上も、岐阜の前衛芸術グループ「VAVA」がオーガナイズしたこの地方ア […]

  • 2019年6月10日
  • 2019年6月26日

水と円環—遠藤利克さんが語る初期作品

 岐阜県高山市出身の彫刻家、遠藤利克さんの「平成十八年度芸術選奨文部科学大臣賞」受賞を記念する講演会が二〇〇七年九月二十九日、名古屋市の名鉄ニューグランドホテルで開かれた。主催は、遠藤さんの母校である名古屋造形大学・短大(遠藤さんは、名古屋造形芸術短大彫刻科を一九七二年に卒業)の関係者らでつくる実行 […]

  • 2019年6月7日
  • 2019年6月26日

芸術の共同性について思ったこと

日経新聞二〇〇九年九月五日付の記事「邦画のセオリー変える」は読み方によっては、かなり辛らつな内容に思える。「芸術性の追求より観客の満足感優先」。そんな見出しが躍る記事自体は、テレビの連続ドラマを映画化するだけの製作手法にクギを刺したよくある内容のものだが、当のテレビ局プロデューサーが「いわゆる『映画 […]

  • 2019年6月7日
  • 2019年6月26日

アジアの美術、遠いアイデンティティの傷について

というのも、モーセはエジプト人であり、したがって彼は、そのアイデンティティの内部で夥しいまでに数多くの事どもがそうしたアイデンティティに抗い、その結果、アイデンティティが傷つき、そしてついには、かかるアイデンティティという内部を創りあげた当の本人であるにもかかわらず、おそらくは、彼に対する凱歌の声さ […]

  • 2019年6月6日
  • 2019年7月17日

竹田大助の謄写版モノタイプ「Kへのオマージュ」をめぐって 1950年代の沈黙ともう一つの沈黙

序 沈黙について  「豊穣なカオスから眼覚めるコスモスへの渇望を僕の喉に啓へた熱い沈黙の画家へ」。古びた詩集の表紙をめくると、いくらか鋭角的な文字でこう書かれてある。今からちょうど五十年前の1955年5月、最初で最後の詩集を発表した若き詩人、前田耕(1935年、名古屋市生まれ)が、その一冊を親友だっ […]